第11話 新作 その2
レイセインは、目の前の卓にある、お椀を見た。それから、リリシーナにもう一度顔を向ける。
「お団子は……。召し上がらないの……、ですか……?」
来た――。シビアナの頭上に、一条の閃きが真横に走る。
「いや。私はいいよ」
「え……? 宜しいのですか……?」
「ああ。二人で食べてくれ」
全ては、テレルのおにぎりを、最高に美味しく食さんがため。お腹を出来るだけ空かせようとしているのだ。視界にも入っていたが、見ないようにしていた。
ただ、いつもであれば、既にお団子へ手を着け、食べ始めている。それがないので、疑問に思ったのだろうと、リリシーナは考えた。しかし、レイセインは、食べていいと言われたのに、依然、腑に落ちない様子。
「本当に……。宜しいのですか……?」
「うん、いいよ。食べて」
王女である自分が食べないからといって、彼女たち――まあレイセインだけだが、食べ辛くなってはいけない。興味はないよと、軽い態度を取った。お茶を飲みながら、視線も外す。
「…………」
ここまで言われれば、流石に食べて良いのだろう。以前の彼女なら、そう納得するのだが、今は躊躇っていた。いや、食べたら駄目なのだ。恐らくリリシーナは気付いていない。そう察してしまえる理由があった。それを伝えてからでなければ、判断が出来ないと口を開く。
「しかし、殿下……」
「うん? なーに?」
あれ? まだ言い足りなかったかな? と、思いながら上の空を装う。
「その……。このお団子は、両方とも……」
「うん」
「『お茶の子さいさい』の……」
「うん」
「新作ですよ……?」
「ふうん。そうなんだ」
「はい……」
レイセインの返事を聞いて、リリシーナはお茶をもう一口飲んだ。
「…………」
(う゛ん゛ん゛ん゛ん――!?)
彼女は、「新作」という言葉を、ようやく理解できた。それから、がばりと勢いよく、反射的に背もたれから身を起こす。
「えええ!? 嘘!? 新作なの、それ!? えっ!? しかも、どっちも!?」
「はい……。ね、シビアナ……?」
何食わぬ顔で、レイセインに答えた。
「ええ。そうですね」
「なにいいいいーー!?」
突発的な驚きとまでは言えないだろう。だから、髪色の変化まではいかなかったが、驚いてリリシーナのその目は、大きく見開かれる。
お茶の子さいさいは、王都にある人気の甘味処の一つだ。お団子、お餅、あんみつといったお菓子などが売られている。ここは、新しい品を偶に出す。店の者が言うには、その偶にと言うのが切れる事のない、人気の秘訣だとか。
そして、新作は大抵一品ずつ。二品同時というのは珍しかった。おかげで、リリシーナは興味津々。食指はぐいぐい動く。
彼女は、ここのお菓子を大変気に入っているのだ。新作が、偶に出るという事も知っていて、これは特別楽しみにしている。出たと分かれば、シビアナに頼んで、急ぎ取り寄せてもらっていた。
また、それもあるから、この店を贔屓にしている。大好きなお店の一つとして、その心内にある一覧表に刻み込まれていた。やはり、お店が言う秘訣は正しいのだろう。少なくとも、彼女にはそれが当て嵌まる。
レイセインは、この話を全て聞いていた。また、自分でもよく買いに行くし、新作だとも聞いている。だから、きちんと伝えなければと判断した。そう。そして、それを教えた張本人は、当然知っているのである。
「まずは、こちらのお団子をご覧下さい。殿下」
すっと手が動く。張本人シビアナが、薄紅色の串団子を一つ取り、もう片方の手を添えながら見せつけた。
「――くっ!?」
新作と聞いた分、さらに美味しそうに見えてくる。それをじっと凝視していた自分に気付いて、顔が歪む。だが、
「――んん?」
ふと疑問に感じ、首を傾げた。
「なあ、シビアナ。それって……。新作――、なのか?」
遠目ではあるが、見覚えのある焼印。お茶の子さいさいのお団子で、間違いないだろう。しかし、見たところ白っぽい薄紅色のお団子というだけ。何の変哲もない。普段良く食べている、『染め五団子』というお団子に思えた。
「はい。このお団子は紛れもなく、お茶の子さいさいの新作です、殿下」
シビアナは、手に持ったお団子を左右にゆっくりと何度も回す。すると、リリシーナはその変化に気付いた。
「あ!? そ、それは――!?」
染め五団子にはない光沢がある。シビアナが手を回すことで、その光沢の形が変わった。これで気付けたのだ。そして、その正体も。
「餡かけ団子――! 『みかぐら団子』のようなやつか――! 」
「そちらからでも、お分かりになったようですね。仰る通り、これは餡かけ団子。透き通った餡が、薄紅色のこのお団子を包み込んでいるのです」
光沢の正体。それは、透き通った餡だった。染め五団子には、この様な餡は掛けない。白玉粉を水で練り、丸めて茹でる。それを竹串に数個刺しただけ。至って単純なお団子だ。ただ、この単純と言うところが良いのだろう。飽きの来ない甘味として、この国の主に王都や東都辺りで古くから愛されている。
そして、みかぐら団子とは、甘辛い焦げ茶色の餡を、焼いた白玉に掛けた団子だ。この餡は、穀物から作られる『正油』という辛みのある黒い調味料と、甘い石『糖石』と呼ばれる甘味料などを、混ぜて煮詰めたもので作られる。
「如何ですか、殿下? ここまで透き通った団子餡というのも珍しい。そして、このとろりとした艶――」
「ぐぐっ!」
光沢が溶けるように、ゆっくりと地面に向けて垂れ下がった。それを見せつけられ、みかぐら団子の美味しさが甦る。おかげで、憎たらしそうに口許が歪んだ。
食付きからここまでは上々。シビアナは、その様子を満足そうに眺めてから、視線をお団子に戻す。
「このお団子は新作――。そう言うだけあって、お団子自体も別物となっております。『餅小豆』ではありません。原料から全く違うのです」
「え? 別物なの?」
「はい。薄い紅色になっているのも、別に練り込まれた素材によるものです」
餅小豆は、もみ殻が赤いもち米の一種。米自体は赤くないが、炊くと薄らと赤みを帯びてくる。染め五団子は、このもち米を使っているから、その色が着いていた。
「じゃあ、一体何を使っているんだ? みかぐら団子に使ってるもち米? それに赤色の紅を練り込んだとか――」
シビアナは、リリシーナの予想をくすりと笑う。それから悠然と答えた。
「殿下。まず、お団子の方ですが――」
「ああ」
「こちらは、東都のお米。その最高峰と名高い『稲里餅』です」
「うっ!? 稲里だって!? 最高級品じゃないか!」
「はい。そして、このお団子は、稲里を石臼と『御琴水』で何度も丹念に水挽きした、極めて細かい白玉粉で作られております。おかげで、染め五団子とは比べようもない程、ふっくらのもちもちぷりんぷりん、なのです」
「ふっくらの、もちもちぷりんぷりん――!?」
リリシーナは、その言葉に戦慄する。そして、何故かシビアナの豊満なおっぱいに目が行った。
東都には、カトゼの『東天神社』がある。稲里餅は、その神社内に鎮座する磐座から湧き出る御琴水という清水でしか育てられないもち米だ。
その清水のおかげで、いつしかここのもち米は、金色に輝く稲穂を実らせるようになり、月夜にはその光に照らされ田が輝きで溢れるようになった。そう言う謂れがある。味の方は抜群。一度食したことがあれば、誰もが口を揃えて「餅は稲里に限る」と言い切ってしまえるほど。
ただ、清水はそれほど大量に流れず、どうしても数に限りが出来てしまう。また、神饌にも選ばれるため、神事の祭りにはいつも出されていた。この祭りが何より優先されるため、王族と言えども、そう易々と食べれるものではない、貴重なもち米となっている。
しかし、今年は些か事情が違う。稲里のもち米が、近年稀に見る大豊作だったのだ。そのおかげで、市井にも、多めに出回っていた。
「次に、練り込まれた材料ですが――」
「あ、ああ」
声が聞こえて我に返る。いつの間にか凝視していた、シビアナのおっぱいから彼女の顔へと、目が移った。
「稲荷餅は、そのままお餅として食べても絶品。無論、白玉団子でも絶品です。しかし、殿下。ご存知の通り、稲荷の餅は純白。それなのに、薄紅色になっている。これは、色合いを楽しむためではありません。つまり、このお団子には、そのままでも絶品なのに、敢えて色を着けた理由が別にあるわけです」
「な、なるほど?」
「はい」
シビアナは、頷いてその理由を答える。
「それは、美味しいお団子への新たな挑戦。お茶の子さいさいが、そのお団子の別の可能性を探し求め、辿り着いた答えなのです。そのために、ある食材が練り込まれました。そして、透明な餡は、その味をより一層高めるためのもの。では、それらの正体は一体何なのか? それは――」
「ごくり――」
シビアナが目を閉じ、リリシーナの喉が鳴る。そして、満は持したと微笑み、シビアナのその目が静かに開かれた。
「練り込まれたのは、『小粋苺』。そして、餡は『水蜜晶』です。そこに、お茶の子さいさい独自の工夫が加わり、至高の一品へと到達したのです」
「ば、馬鹿な!? 小粋苺に水蜜晶だと!? 稲荷といい、何だってそんな高価なものを、ふんだんにいいいいいって!? ちょっ、まさか!?」
シビアナは、微笑みを湛えたまま、ゆっくりと頷いた。
「はい。殿下のお察しの通り、これは――。期間限定の完全予約制お団子。その新作なのです」
「げ、限定の新作お団子だとう!?」
その言葉が、リリシーナを頭上から落雷の様にして貫く。そして、今度は髪色も深い水色へと一気に変化した。




