第12話 新作 その3
「これは、期間限定の完全予約制お団子。その新作なのです」
「げ、限定の新作お団子だとう!?」
シビアナの言葉が、リリシーナを頭上から落雷の様にして貫き、それと同じくらいな速さで髪色も水色へと変わる。
この期間限定の完全予約制とは。材料がある期間しか入手できず、また高価なものであるため、それらの食材が揃った時にしか作られない。これにより、売り出す数を初めから決め、予約でしか購入できないようしたものの事。
日頃のご愛顧に感謝してお得意様用にと、とにかく材料に拘るだけ拘り、美味しさを追求した品だ。金に糸目を付けず、普段では手に入らないような材料を惜しげもなく使う。また、それらの調理方法も、試行錯誤を繰り返し最高を目指す。ちなみに、お店の人間が言うには、こういった品を作るのも人気を保つ秘訣だとか。
小粋苺と水蜜晶は、その食材の最たる例だろう。小粋苺は、一見、野苺のようだが、赤く澄んだ宝石のように輝いている。そして、水蜜晶は樹液だ。その樹液が透明な水晶のようになって固まったもの。枝だけではなく幹にも実のように成る。
どちらも甘美の極み。苺の中の苺。蜜の中の蜜。味の中にそれ以上の何か、人の味覚を虜にして止まない深い食感があった。しかし、この二つは、ある特殊な場所でしか採取できない。
それは、岩と木の化け物、重樹。王都より遠く西北に位置する大平原。ここに大軍として現れる、その重樹を討伐するしかない。だが、小粋苺と水蜜晶は、その中でも限られたものにしか原生しておらず、それ以外では一切採れなかった。
また、その討伐も、重樹が出現するのが年に一度であるため、一回きりしか行われない。よって、数がさらに限られ、結果、希少性も自然と上がってしまう。おかげで、これ絶対お菓子に使える値段じゃないよ、と言えるくらいまでお高くなっていた。
だが、そんな事はものともせず、平気に使う。これが期間限定品である。とは言え、何も無謀な事をしているわけではない。採算は取れるのだ。
売れ残った事は、今まで一度もない。予約を開始すれば、すぐに注文が殺到し、綺麗に完売するのが常。いつ出るか分からない、非常に不定期なのにも拘らず、超が付く程の大人気商品だった。ただし、
「ふふっ。殿下が驚かれるのも、無理はありませんね」
くるり。餡が地面に垂れないよう、手に持った団子の串を回す。
「期間限定品は、お団子だけでなく、あんみつやお煎餅など色々と出ていますが――。しかし、その新作となると、話は別。滅多にない事ですから」
「だ、だよね? 私、初めて聞くよ。限定の新作って……」
「それも仕方がありません。新作は、『水玉餅』が出たのを最後に、随分と時が経っていますし。今回は本当に久方ぶりですね」
シビアナの言う通り。やはり、新しいものを作るというのは、骨が折れる。しかも、いつ手に入るか定かではない高級食材を用いるため、そう易々とは作れない。通常の新作より、その頻度はかなり低くなっていた。ゆっくりと少しずつ。時間を掛けて、試行錯誤を繰り返す。
そうやって出来たのが、今回のお団子。そして、前回の水玉餅だ。この水玉餅は、葉の上に降りた朝露の雫のような形をした、瑞々しい透明なお菓子。名に餅と入っているが、原料にもち米やお米は使われていない。その理由は見た目と大きさによるもの。その大きさは手のひらに乗る程度で、ここにあるお団子と同じくらいになる。
このお菓子は、清涼感のあるもっちりとした甘みを楽しめるのだが、もう一つ独特の食感があった。口の中に入れば、ひんやりとして冷たいのだ。リリシーナも、この冷たいのに嵌った。予約の話が出れば、必ず取り寄せている。
そんな彼女だが、それが初めて出たのはいつだったか、記憶になかった。聞いた事はあったかもしれないが、思い出せない。
「ねえ。水玉餅って、どれくらい前に出たの? そのお団子は、いつぶりの新作なんだ?」
(えーっと。私が、あの店で初めて買ってから、もう十年くらいにはなるよね? その辺りからは間違いなくあったはず。
初出は分からないんだけど、他の限定品や普通の新作がその間にちょくちょくあって、でも限定の新作は出ないよねって感じで覚えてたから。なら、それ以前になるとは思うけど――)
彼女の問いに、シビアナは笑みを深めて答えた。
「本当に、随分と前になりますね。実に――、三十八年ぶりです」
「さ、三十八年ぶり!? そんなに前だったのか!?」
「はい。そのくらいになります」
「はえー……」
思っていたのは十年辺り。しかしそれより、三倍以上。その分、驚きがあった。
「――ああ。それと、殿下。お茶の子さいさいは、百年を超える老舗ですが――。今回のように二つ同時というのは、お店始まって以来の出来事だそうです」
さらに興味を引くよう、しれっと追加情報を出した。
「え!? 今までに一度もなかったの!?」
「そのようですね。今回も偶々らしく、それぞれのお団子に必要な食材が、重なって手に入ってしまった結果。一緒に出さざるを得なかったとか」
「そ、そっか……。いやまあ、それは仕方ないよね。いつ手に入るか分からない食材ばっか使ってるらしいし、揃えれる時に揃えておかないと、いつまで経っても作れないか。それに、販売する時期を無理に空けて、せっかく手に入ったその食材が腐ったりしたら、勿体ないもんね」
お茶の子さいさいも、彼女の懸念した通りの考えが過った。しかし、彼らはここでぽんと手を打ち、一計を案じる。
「ふふっ。お茶の子さいさいは、それならばと逆に宣伝へ利用する事にしたようですね。三十八年ぶりの新作。しかも、それが初の二つ同時発売となれば――。その効果は、かなり見込まれるでしょう。私たちが王都に帰る頃には、きっと大きな話題となっているはずです」
「なるほど――。うん、それは間違いないな」
確信を持って頷く。そう。つまり、ちょっと機転を利かしたと言う訳だった。
「ふっ」
それにリリシーナが笑う。
(流石は商売人。そういう状況を上手く使うよね。これなら、多少値段を上乗せしてもいけそうだ。しかも、両方とも飛び付くよう仕向けることが出来るって訳か)
「…………」
(――ん? ちょっと待って)
今の説明に違和感があると気付いた。
「なあ、シビアナ」
「はい?」
「話題が大きくなるのは分かったけど……。今、それは私たちが帰る頃には、って言った? その言い方だと、売り出しはまだ始まっていないように、聞こえるんだが……」
そう言いながら、さらに違和感が強くなる。そして分かった。そもそも、この話は初めて聞くのだ。これがおかしいと。
こんなに話題性があるなら、予約の前から既に上がっている。お茶の子さいさいも、自ら噂を広めようと躍起になっているに違いない。なら、自分の耳にも入って来くるはず。
確かに、自分は王女で市井の話には疎いだろう。だからというのも、あるのかもしれない。しかし、そういう噂話を、仕入れてくるのが大得意な側付侍従官が、一人いるのだ。
市井で出回っている話や王都の実情などは、大方その子から聞く。シビアナから聞く事もあるのだが、より早い事の方が多かった。とにかく耳が早い。おかげで、自然とそっちからになっている。だが、そんな彼女からも、この話は出てきていなかった。つまり、王都ではまだ噂が立っていないのだ。
しかし、それなのに。その噂もその予約も通り越して、現物が今ここにある。
「ふふっ。殿下の仰る通りです」
シビアナは、したりとして言った。




