第25話 二通目
依頼人はセシリー・モーデン、十九歳。亡くなった男爵の一人娘で、いまは母と二人で王都の屋敷に住んでいるという。
窓口の相談席で、彼女は膝の上の手を固く組んでいた。
「婚約届を、出したんです。この春に。相手はエイモス――エイモス・グレイといって、幼馴染で、騎士見習いで。両家の親も承知の上で、その、ちゃんとした届で」
「受理番号の控えは、お持ちですか」
「はい、これを」
控えを検める。春の日付、受理印、正規のもの。様式の記入は素人の手で、訂正が三箇所、綴りの誤りが一箇所。微笑ましい書類だった。本人たちの書いた婚約届というものは、たいてい、下手だ。下手であることが、本人が書いたことの何よりの証明になる。
「それで、その、先日、婚礼の日取りの相談で教会に行ったら……断られたんです。あなたには先に婚約がある、重ねての婚約は受けられないって。調べたら、記録院に、もう一通」
リタが、写しを差し出した。窓口で照会して取ってきたものだ。手順は正しい。
二通目の婚約届。相手方はバートン・クロウ、王都の穀物商、四十二歳。セシリー嬢は首を振った。
「知らない人です。会ったことも、名前を聞いたことも」
私は二通目を検めた。
――綺麗な書類だった。
訂正なし、誤記なし、記入は端正な事務の手。日付は、一通目より二月早い冬の日付。婚約届の重複は、先の届が立ち、後の届が無効となる。つまりこの二通目が本物なら、無効なのはセシリー嬢と騎士見習いの婚約のほうだ。
冬の日付の、完璧な書類。春の日付の、下手な書類。
書類の上では、冬が勝つ。
「セシリーさん。冬のこの日、あなたはどこで何を」
「領地の母の実家に……王都には、いませんでした」
「では、この届は誰が出したのか、ということになります」
二通目には、添付書類が一枚付いていた。委任状。本人に代わって届を提出する権限の証明。委任者の署名欄に、流れるような筆致で、こう書かれていた。
セシリー・モーデン。
「これは、あなたの署名ですか」
娘は写しを覗き込み、青ざめて、それから、消え入りそうな声で言った。
「……字は、私の字です。でも、書いた覚えが、ありません」
書いた覚えのない、自分の署名。
私はその言葉を、知っている。
抽斗の奥の、二年前の日付の、私の知らない縁談を私の名前で断った、あの一枚。あのとき私は、誰にも言えなかった。言えば何かが確定する気がして、確定していないことは起きていないことにして、蓋をした。
目の前の娘は、蓋をせずに、ここへ来た。
窓口に来た。それが、どれだけのことか。
「……分かりました。本件、検分いたします」
私は二通目の写しを、手元に引き寄せた。隣でリタが、私と娘を交互に見ている。教育係として、最初に教えるべき実地が来たらしい。
「リタさん。書類の嘘は、どこに出ると思いますか」
「え、ええと……字、ですか」
「字は、練習できます。嘘が出るのは――順序です」
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