第26話 乾く前
書類の検分は、翌日、監査室で行った。原本の借り出しには監査補助員の権限を使った。使える権限は、全部使う。あの朝、決めたことだ。
机の上に、委任状の原本。リタは私の隣で、身を乗り出しすぎて椅子から落ちかけた。
「いいですか。書類は、書かれた順序を隠せません。上に書かれたものは、下に書かれたものより、必ず後です」
「はい!」
「この委任状を見てください。気づくことを、何でも」
リタは原本に、鼻がつきそうなほど顔を近づけた。長い沈黙。私は待った。教えることの半分は、待つことでできているらしい。
「……あれ」
リタの指が、署名の上で止まった。
「先輩、このインク、変です」
「どう変ですか」
「本文と署名で、色が違います。署名のほう、褪せてます。茶色っぽくて……本文は、まだ真っ黒なのに。これ、鉄没食子インクです! うちで扱ってるやつ。書いてすぐは青っぽくて、乾くと黒くなって、それから何年もかけて、茶色に褪せていくんです」
気づいた。
気づくのは、彼女の目だ。ここからそれが何を意味するかを読むのが、私の仕事になる。
「――つまり、署名と本文は、同じ日に書かれていません。署名のほうが、はるかに古い。委任状の日付は冬。しかし署名は、それより何年も前に書かれたものです」
「え、でも、署名が先って、そんなこと」
「あります。白紙に署名だけをさせて、あとから上に文章を書き足す。順序を裏返した書類です」
証拠は、もう一つあった。私は署名の末尾を指した。
「署名の払いの上を、本文の最終行が跨いでいます。本文が署名を避けて書かれている。……人は、白紙に署名するとき、紙の下のほうに書きます。あとから書き足す者は、その署名を避けて、上の空白に文章を詰める。この委任状は、下から上に向かって作られた書類です」
セシリー嬢の記憶とも、符合した。午後に確認を取ると、彼女は数年前、後見人である叔父に、荷物の受領書だと言われて何枚かの紙に署名した覚えがある、と答えた。受領書。白紙。何枚か。
叔父。
二通目の相手方、穀物商バートン・クロウの取引記録を辿ると、モーデン家の後見人である叔父との商いが、三年分、几帳面に出てきた。亡き男爵の遺産は、娘の婚姻とともに婚家の管理に移る。幼馴染の騎士見習いに渡るはずのものを、息のかかった商人に渡るよう、書類の日付だけを冬に遡らせた。
絵は、揃った。
揃った翌朝、先に動いたのは、向こうだった。
課の窓口に、一通の申請が出された。一通目――セシリー嬢と騎士見習いの婚約の、取消申請。申請人の資格欄には、こうあった。
後見人。
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