二幕 幸と仁義 その捌
遊蓮が家に帰ると門の前に一人の少女が、ポツンと壁に寄りかかって小さく立っていた。
少女は目をキョロキョロと泳がせて、不安そうな表情をして俯いている。
その少女を見るなり遊蓮は気を引き締めて近づいた。
少女―望月 紫苑。白い球のような肌に長くさらりとした黒髪、そして影の薄さを持つ少女だ。
それだけではなく、自分の欲望《幸せ》のために人を凶器で刺せる少女。しかしながら、刺したら悲しい表情をして止めをさすのに抵抗を覚える優しい普通の少女だ。
そして権能を持つ《プレイヤー》であり、神の遊戯によって人生を崩された一人だ。
しかしながらその生活は崩れた方がいいか悪いか。
彼女のいた環境は特殊だ。崩れた方が彼女にとっていのかもしれない。
そして彼女は崩れた先にここにいる。
「待った?」
遊蓮はなるべく自然を装い、紫苑の前へと立った。すると、紫苑は俯いていた顔をゆっくりとあげた。
そして遊蓮と紫苑の目が合った。
そこで遊蓮は見た。紫苑の瞳に移る恐怖にも近い不安を。
「ううん、大丈夫」
「そっか」
付き合いたてのカップルの初々しい会話の様だが、実のところ今日の今日まで話したことすらない二人。なんなら今日、刺した刺されたの関係
そりゃ気まずさや距離感が分からなくって微妙な空気にもなるだろう。
「まぁ、外は寒いだろうしまずは入ろ」
家のドアのカギをガチャリと開けて、遊蓮は入っていく。しかしながら紫苑が付いてきている気配がなかったので振り返った。
紫苑は先ほどの場に立っていた。
遊蓮は心配になって近づき「どした?」と聞いた。
「何でそんなに優しくしてくれるの?」
泣く時ように震える声が遊蓮の耳をかすめる。
「何でってなぁ...なんとなくだ」
「そんなの信じられない」
遊蓮は「まいった」とクスリと笑うと、額に手を当てて天を仰ぐ。
「分かった、契約しよう。それなら信じれるだろ?」
遊蓮のその言葉に戸惑いながらもコクリと頷く。それを見ると遊蓮は「決まりだな」と晴れやかに言った。
「まぁ、刺した相手からこうも親切にされたら不気味だよな。正直に言うとさ、わが身可愛さっていうのが一番だと思う。もう命を狙われないように情を植えつけるため。あとは、その権能が利用できると思ったから。これが僕が君に幸せにする全て...いや、あと一つあるな」
長々しく話して、何かに気づいて沈黙すると次第に顔を少し赤らめさせていく。
遊蓮は口ごもりながらその言葉を言った。
「あと、最後に君を笑顔にしたいと思ったから、かな?」
それを聞いて紫苑の中ではさらに疑問が深まっていった。しかしながら、親切の裏や自分を思ってくれる人がいると知って少しうれしくなり頬を緩めた。
「まぁ、だからこそ契約をかわそう。僕は君を幸せにする。その代わりに君は僕に協力してくれ」
契約によって与えられる幸せが本当の幸せとは一般的には言わないかもしれない。それでも彼女が幸せを求めているのならば、幸せを知らない彼女ならば、それが幸せなのだと考えるだろう。
だからだ。その提案に彼女は頬を紅に染めて、差し出された遊蓮の手を握った。
「そんじゃ、入ろうか?」
「う、うん―あ、でも...お家の人とかは大丈夫なの?」
家の人に入っているのだろうか?迷惑じゃないのだろうかと思って言う。
遊蓮は「あー」と絶妙な表情をして頬をポリポリと掻く。
「うちの親、仕事の関係上ずっと海外飛び回っててさ家にほとんどいないんだよね」
遊蓮が絶妙な表情をしたのは、年頃の男がほぼ一人暮らししている状況の家に女の子を連れ込むのはどうなのかと気づいた結果だったのだが...当の紫苑はそういう思考が欠落しており、遊蓮の事をうらやましいと思っていた。
彼女にとって親がいる状況というのは、冷めきった空気の中で暴力を振るわれるだけで、日に日に心身共に痣を増やしていくだけだ。
そんな紫苑の思いを知らない遊蓮はというと、どうしようかと身を固まらせ
てぎこちない様子だった。
それを見て紫苑は「どうしたの?」と聞くと、遊蓮はぎょっと肩を震わせて裏返った声で「何でもない!!」と言い返す。
何をそんなに慌てているのだろうかと不思議にも思ったのだが、紫苑は特にツッコむこともせずに「入らないの?」と問う。それに遊蓮は驚き目を見張ったのだが、表情を緩めて「あぁ、入ろうか」と優しく言う。
玄関に入ると目の前には廊下、右側には扉があった。遊蓮は靴を脱ぐと右側の扉の中へと入る。紫苑も「お邪魔します」と靴を脱いで右側の扉の向こうへと入った。
その室内は二十畳程の広さでリビングなのだろうが、一人で使うにはあまりにもだだっ広い。
壁にはテレビが掛けられており、その反対側にはソファーが置いてあった。三人から四人掛けの広さで、座ってできたへこみが見られなかった。真ん中にはソファーとテレビに挟まれる形で大きな机があり、その上にはリモコンやティッシュといった物しか置かれていない。端の方にはカウンター型のキッチンがあり、そこは見た感じは奇麗であまりにも普段から使っているような汚れ具合ではなかった。
あまりにもそこで生活しているようには感じられなかった。
「奇麗にしてるんだね」
「いいや、使ってないだけだよ」
その遊蓮の言葉が表情が少し寂しそうに辛そうに紫苑は感じた。
もしかしたら自分とは違う不幸が彼にはあるのではないのだろうかと思ったのだが、だからといって、どうしようとは思わなかった。
「まぁ、座ってよ。何か入れるよ、コーヒーかココアどっちがいい?」
「じゃあココアで」
紫苑はソファーにゆっくりと腰を下ろして体を預けた。自分の行動が正しいのかという思いと共に。




