クリスマスソング
何処かで鐘が鳴った。
そう感じたのは明日がクリスマスだからだろうか。塾の授業の終わりを告げるチャイムが鳴っただけなのに、そう思って僕は笑った。
僕らしく無い。僕は正真正銘のクリボッチ。ボッチはボッチらしくあろう。というわけで帰って勉強しよう………そう、クリスマスが今年もやってくる。
クリスマスなど幻想、
クリスマスなど甘え、
受験生にクリスマスは無い……
帰り支度をしながら心で唱える。塾を出る。暖房で火照った体に寒さが心地よいが、気分はよろしくない。入り口には待ち合わせをしていたかカップルが二、三組いた。
どの顔も、寒さもあるだろうがほんのり赤い。そして幸せに満ちている。
イエス様もお忙しいでしょうに。一人の友人の姿が浮かぶ。そして叫びそうになる。
「リア充なんざ爆発しろ!」
「やあやあ梅崎君。君は哀れなクリボー君かい?」突然に声がした。
「クリボーってなんだよ」振り向きざま言うと、そこにはマフラーを巻いてヘラヘラと笑っているこっさんがいた。
「クリボーはね、世のクリスマスと戦う孤高の戦士の事ですよ。ね、」彼女は言った。
「ね、じゃねぇよ。ちょっと外面良いからって…中身はまさに腐ってるくせに。」つい、強く言ってしまう。
すると彼女は顔を凍りつかせるようにして、一瞬眉をハの字にして手で顔を隠し、
「う…う…ひどいよぉ。ちょっとからかっただけなのに…ぅぅ」とうめき出した。
そんなトラブルに慣れてない僕は「えっ、ごめん言いすぎた。冗談だよ、冗談。」となだめにかかる。
「ぅぅ」彼女はまだ言っている。「ほら、また奢るからさ」周りの目が辛くて、言う。
「そんなんだからクリボーなんだよう」
「冗談だって……ん?」後半笑ってないか?
前を見ると彼女は所々笑いを堪えられないようにしてまだブツブツ言っていた。
そして吹き出し、
「はっこんな演技にも騙されてやんの。あ、でも傷ついたから奢りね。」と笑いながら言った。卑しい笑みだ。
「この腐れ外道が…」
「ぐうの音も出ない様だな。」私の勝ちだ、と高笑いされる。
「クリボーって言うけど、こっさんの方もいないだろ?か・れ・し」ささやかな反撃にでてみる。
「何を!失礼な。仮にも純真無垢なJCに向かって。」ぷぅ、と頬を膨らませて彼女は言った。
「なんと腐ったJCだこと。」僕は言う。「イエス様も見てられませんですね。」
これでどうだとばかりに。
「くぅっううううううはっはははは」
彼女は悔しさを隠しもせず叫ぶ。
が、その声はだんだんと笑いに変わる。
とどめを刺したつもりの僕は戸惑う。
「残念だな梅崎よ。私は明日、二年の時の先輩に映画に誘われちゃったのだよ。」
ああ、哀れなクリボーをお救いください。アーメン。こっさんは胸に十字を組んで言った。
あまりの驚きと敗北感に何も言えない僕に
「じゃあね、打倒!マ◯オ!」そう言って手を小さく振って彼女は帰っていった。
何も言わなければ、可愛いのに…負け惜しみばかり浮かぶ。
彼女の後ろ姿は凛として、長い髪がさらりと揺れている。
「腐っても鯛か…。」精一杯の皮肉を送ろう。
ラジオから11時を知らせる時報が鳴る。鐘の音とかにしたら雰囲気出るのにな。
私はそんな事を思う。
「休憩するか。」そういって立ち上がってみるけど、何をしようかわからなくてまた座る。
机に置いてあるスマホを手に取り、ラインを開いてみる。
やっぱり誰もいないか。トーク画面は閑古鳥が鳴いている様だ。
タイムラインをみる。学年に何組かいらっしゃるカップルがいちゃいちゃする様子が目に浮かぶ様で、ベットにスマホを投げつけた。
ガン、と音がしてベットから落ちた。
「ん〜あぁっ」伸びをしてみる。眠気はやって来ない。
はあぁ。どうせ私はクリボッチでございますよ。投げつけたスマホを拾う。
ただ、私は一人じゃない。
「なっちゃん〜助けて!」ラインとはなんと便利なんだろう。
「どうしたん?」彼女のほんわかとした笑顔と口調が思い浮かぶ。
「クリスマスがつらいよ〜」
「頑張れ!まいまいにもきっと出来るよ!か・れ・し」
……も?「も、ってなっちゃんできちゃったの??」
既読からの空白が長く感じられるほどの不安が込み上げる。
「あんな、あの、いいんちょーがな、誘ってくれたんよ!」
最後の!がこれ程の驚きを表現したことがあるだろうか。いや、ない。少なくとも今朝方習ったばかりの古文の知識を使ってしまうことよりは。
「え〜おめでとう!」
他の言葉が出てこない。
「いや〜、照れるわ〜」
ご丁寧に照れてる顔文字まで送ってくれた。友人をここまで恨めしく思う事は後にも先にもあるかな?いや、無い。
誰か…居ないのか……?心はSOSを発している。誰か!
誰か僕に彼女を…もしくはそれに変わる何かを。
路上でキスしてる奴を見かけたり、恋人つなぎしてる奴らがいて、もう死にそう…いや死にたくなりそうです!
震えそうになる手を伸ばしてスマホを取る。
「メリクリ!クリボッチ同士話し合おうぜ康生」取り敢えず一人の友人にラインをいれる。
数分空いて、返信が来た。
「メリクリだな。ちょっ!聞いてくれよ!」……ん?いつもの康生らしからないな。
「核弾頭用意したか?取り敢えずそこのショッピングモールにやってこい!」
去年はこうだったか。
「なんだよ、クリボー」
「クリボー?クリボッチの事か?」
「俺とか、お前のことだよ。鯛が言ってた。」
「…?そう!ついにクリボッチ卒業なんだよ!!」
水晶画面に最後の!が見えた時ついスマホを投げつけた。バスッ、と音がなり、ベットが鳴く。
「いや〜駄目元でよ、明日映画行かない?って誘ってみたんだ」
誰に、よりなぜ彼が。いや、康生は勉強は出来ないし、人を気遣えないし、自分至上主義だけど、イケメンだけど。
「.…ぐう。」まさに、ぐうの音しか出ない。
「それはおめでとう!友人として成功を祈る。」
心のどこかでは失敗を祈る気もあるのは悪い事だろう?いや、無い。…いや、あるか。
康生なら腐った鯛に傷つけられた痛みを分かち合えると思ったのに…彼は行ってしまった。
まるで友人が亡くなったかのような悲しみを覚える。
じゃあな!明日に備えるぜ!」
僕の悲しみを露ほども知らない彼に、リア充となるであろう彼に裁きが下れと思うのは、友人として駄目だろうか?いや、いい。
静寂を打ち消すためにつけたラジオから、「後10分でクリスマスです!」と聞こえてきた。
康生との会話が終わり、僕はラインの「友達」に表示されている写真を眺めている。
豆しば…が、ぐでーんと言わんばかりに寝そべっている写真。
その下には「まい」とある。三年生が始まってすぐに追加したものの、履歴には何も書いてないトーク画面。
ああ、彼女は一人だろうか。恋人といるわけないか。なんて考えながら。
康生の件でナーバスになった僕の心はどんどんと悪い方へいく。きっと君の隣には背が高くて、少し日に焼けた活発なタイプのイケメンが…。
二人を阻む物は何もないかのようなみっちり具合で歩いて、握った手からは幸せが溢れ出す。
キスなんて…しないか。
「会いたい」冬休みが始まって二日の間、何度思ったか。
サンタが君を連れてきてくれないだろうか。押せ、押すんだ。
ボブさんの声が頭をよぎるようだった。
通話ボタンを一度押す。拡大され、通話、ともう一度表示される。
間違って押しちゃった。松野さんは、今空いてる?ちょっと話さない?
空いてる?は失礼か。じゃあ、僕と話してください?…重いな。
そもそもこんなやり方はダメか。いや、それでも話したいな…。
「あと五分となりました!用意はいいですか。では、back number、クリスマスソング。」
同時に、僕は押す。 ピリリリリ、電子音が歌声と混じり合う。
ピリリリリ
ふさぎ込んで呻いていたらスマホが鳴った。こんな時に何かしら。サンタさんが幸せを届けにきてくれたのかしらと、本気で思ってもないことを考えて、手を伸ばす。が、届かない。
「んぁっ、ん…。」あら、やだ、純真無垢なJCはこんな声出しちゃはしたないな…とにかくスマホを取る。
画面を見て心が跳ねる。ベットが軋む。
「はい。ま、まいです。」
「はっ、はい。梅崎です。あの、ごめん。間違い電話なんだけど、ごめん。」
「ううん、いいの。一人だったから。」
「あっ、松野さん一人だった?良かった。あの…か彼氏とかいなくて。」
「はは。クリボッチなんだ私。」
「まさかっ!松野さん、かわいいのに…」
「えっ?」
「あ、いや、やっぱりなんでもない。」
「ありがと!嬉しいよ。」
「あ…どういたしまして。」
どこかで鐘の音が鳴った。
遅れて、ラジオからの音だと気付く。
「ねえ、松野さん、」
「なに?」
『聞こえるまで何度だって言うよ。』
電話の向こうの松野さんを想うが、僕にはまだ、言えそうにない。そう思う。
『君が好きだ』
その言葉をぐっと飲み込んで、言う。
「メリークリスマス!」




