苺に恋をして
パシッ
寒空の下乾いた音が響く。通り過ぎる人がチラとこちらを見る。気合いを入れようとしたけど、少し痛かった。
さあ、ついに来た。心の中で唱える。今日は俺は俺でいてはいけない。もっとスマートで、ジェントルマンになるのだ。
公園へ向かう。カップルを数えてしまうのはいつもの癖か。でも今日は余裕を持って眺められる。以前なら核弾頭が欲しくなるところだが。
ああ、幸せだよな。楽しいよな。心から共感出来た。
公園の中央広場とやらにたどり着く。犬なのか牛なのか魚なのか、とにかくよくわからない像の口から水がしゃわしゃわと流れている。噴水の段差に座り、時計を眺める。1時15分。よし、15分前だ。
もし、遅くても、文句は言わない。「丁度今来たとこなんだ」こう。もし早かったら「ごめん、楽しみで寝れなくて。」こう。昨日読み漁ったデート戦法の記事を思い出す。
「この像って羊だよね。」「いや、猫だろ。」後ろで声がして像を見るけど、馬にしか見えない。
「あっ!おーい」呼ばれてどきんとする。見れば、小柄な女の子が大きく手を振っている。彼女はマフラーを巻き、赤いコートを着ていて、クリスマスの妖精かというくらい可愛いと思った。
近づいていくと、彼女は笑って
「待った?」と言った。
「い、今来たとこだよ。」俺は言う、
「それよりも、その服もマフラーも可愛いね。」とにかく褒める。そうあった。でも、本心から思う。
「そう?ありがと!ちょっとおしゃれして来ちゃった」彼女は少し頬を染めて言った。
「じゃあ、行こうか。こうせい君。」彼女は言った。
「ああ、行こうか。三村さん。」俺は言った。
「あっ」隣で驚いたような声がして、「どうかした?」俺は声をかける。
誰かに会うことないように、とわざと三駅程外した先の映画館にはカップルが多い。
「あれ、あの人…」三村さんの指した方には、背が高くてスマートなジェントルマンと、さらりとした長い髪に、花の髪飾りをつけた、これまたスマートで華のある女性がいた。
こりゃお似合いなカップルだぜ、しかも女の人のほうなんてすっげえ美人だ。そう考えてる時に
「あっ、こっちゃんだよ!」三村さんが言った。
その、こっちゃんこと、こっさん、ことはあっ、と言って口に手を当て、小さく手を振った。いや、あいつこんなおしとやかじゃないだろう。
そう思うがこっちに来たカップルの一人は確実にこっさんだった。
「三村さんに田中君!奇遇だね、こんなとこで会うなんて。」いつもとは少し違う口調で言うこっさん。
「小咲ちゃんのクラスメイトでしたか?こんにちは。ちょっと付き合ってもらってます。石田です。」
丁寧な彼氏。
「こっちゃん、デート?すっごいお似合いだね!」三村さんが言った。
「えへへ。三村さんもデート?クリスマスだもんね。勉強なんてバカらしいよね。」ふふ、とこっさんは笑った。和也は今頃勉強してるかな。俺に恨み言の一つは呟いてるかもしれねえ。
「こっさんらは映画観たの?」俺は尋ねる。
「うん!すごい感動したよね。」ね、と言われて石田さんは「そうだね」と頷いた。
「最後のシーンなんて泣いちゃって。」こっさんは思い出して少し涙を浮かべる。そして「へへ」と笑った。頬が少し赤らんでいる。ふと石田さんを見ると、こっさんの方を見てぽ〜っとしている。
確かにいつものこっさんの5倍は可愛らしいがいつもの彼女を知る身としては石田さんに同情が湧く。
「じゃあ、行こっか。」石田さんが言う。「うん!どこに行く?」こっさんも言う。
「じゃあ、家来る?歓迎するよ。」石田さんが頭を掻いて言った。
みるみるこっさんの顔が赤くなる。妄想の激しい彼女だ。何考えてんだか。「え…良い…の?」なんとかそう言ったこっさんの手を「決まりだ。行こう!」石田さんは引いていった。「じゃあね!」そう言って。
ああ、イケメンだ。
「こっちゃん、可愛いね。」三村さんが言った。
「三村さんには負けるけどね。」俺の中では。心の中で付け加えた。
本心を言うと、こっさんは美人だけど人格に問題あり、だ。
「こうせい君もさっきの、石田さんよりもかっこいいよ。」ちょっと俯いて彼女は言った。
「はは、ありがと」にやついていないだろうか、俺。やばいすっげえ嬉しい。そう思った。
「はい。」そう言って俺はチケットを渡す。
「ありがと。ちょっと待って、お金探すね。」そう言って三村さんは受け取った。
「いや、俺が払うよ。こっちが誘ったんだし。」割り勘男は厳禁、と。
「でも…」「いいんだ、100円でこんなに有意義な時間が過ごせてると思ったら。」徹夜で調べた甲斐があったというものだ「ドゥッティに捧げるデート術」
ほら、行こう。そう言って俺は三村さんの手を引く。応用も完璧だ。
「本当に、この映画でよかった?」もう2回目だしな、席について言う。
「うん!私この映画好きなんだ。」彼女は笑った薄暗い中でも彼女の笑顔ははっきりとわかる。
ぶーん
低い音がなって照明が落とされる。
「始まる前って、ドキドキするよね。」隣で三村さんは言った。
「うん。」君がいるともっと、ね。とは流石に言えまい。
音楽が流れ映画は始まる。
物語は中盤に入ってきた。
やっぱりおもしれーな。ごく普通の感想を心の中で述べた時
すとん、と隣で音がして、肩ら辺に重みを少し感じた。同時にいい香りがした。ほんわかとして、ほわーんとして、ぽかぽかとして、甘い香り。
ああ、女の子の香りだ。俺は思う。気がつけば三村さんは俺の肩にもたれるように、寝ていた。
すー、すー、と規則正しい寝息が聞こえる。俺の息は少し乱れてくる。
でも…かわえぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!
まさに妖精のような三村さんを眺めているとこちらも眠くなってきた。
昨日の徹夜の疲れも出てきた。もう観たし、いっか。
諦めて目を瞑る。肩のあたりからだんだん暖かくなってきた。
ちょっとくらい、いいかな。
俺は三村さんの方に少しもたれる感じに座り直す。そして、また目を瞑る。
すぐそこに彼女の体温が感じられ俺は気持ちよくなってきて、深い眠気に誘われる。周りには甘い香りが漂っていた。
「あん…ら」「あんたら!」
突然に声がした。かなり深く寝てしまっていたようだ。三村さんはまだ気がついていない。
「いや〜。いくらクリスマスだからってこんなラブラブなものを見せられちゃたまんないわ。」清掃員らしいおばちゃんが言う。
「ん、ぅん〜」三村さんが目を覚ました。「えっ、どうしたの!?」がばっと起き上がった。
「ほら、これ見なさいよ〜。全くラブラブなんだから。」若いっていいわ〜。そう言っておばちゃんはスマホの写真を見せる。三村さんはそれを覗き込む。
そしてこっちを見る。で、またスマホを見る。そしてまたこっちを見た。
その時の彼女は耳まで真っ赤になっていた。
「孤りクリスマスの人に襲われない様にしなさいよ。」そう言っておばちゃんは歩いていった。
「こ、こうせい君」真っ赤に熟れた苺状態の三村さんは言った。「恥ずかしい…」 少し涙目になっている。
「いや、しょうがないよ。ほら、どっちも寝ちゃってたんだし。」
ちょっと悪かったかな。
「今回は寝ちゃったけど、あの映画良いよね。」一口珈琲を啜って俺は言う。
「うん!私最初の方のテンポのよさが好きだな。」三村さんはココアを皿に置いて言った。
「特に、主題歌が流れる所なんか心踊る感じがする。」
「うんうん。でも、最後の歌も感動しちゃうよね。」俺たちは映画の感想を言い合う。
小さな喫茶店の中にはいくらかの人はいるが、ほとんどがカップルという雰囲気が俺の心を踊らせる。
「あのおばちゃんのは、恥ずかしかったね。体が熱くなっちゃった。」そう言って三村さんはコートを脱いで、服の胸元をつまんでぱたぱたとさせた。はー、涼し。彼女はいうが、俺の体温は上昇する。 それからこちらをみて、
「どうかした?」と言った。しまった、見すぎたか。
「あの、ごめんな。」まったく、すみません。本心ではどうだか。
「いいのいいの、もう一回みときたかったし。」
そうか、じゃあ、いいか。そっちの話じゃないけど。
「見られる方としては中々恥ずかしいと思うけどね…。」苺なんか超えて、もう全身の血が顔にいったかと思うくらい三村さんは赤くなった。
「えっ、いや、すみません…。」いや、こっちも恥ずかしい。
「じゃあさ、許すからー」人差し指を立てて
「また一緒に映画見に行ってくれない?」三村さんは言った。
「それで許してもらえるのなら、喜んで。」何度でも行きましょう。
「じゃあ、良いよ。」いくらでも見なさいってわけじゃないよ。三村さんは付け足す。
「…やっぱり、ちょっとだけなら良いからさ、」
「何?」なになに?期待して良いのか?
「このパフェ頼んでいい?」へへ〜、と笑って言った。
メニューを見てみる。550円。俺が出すよと言ったわけだけど、痛い出費だな。
「じゃあさ、許すからー、」三村さんを真似て言う。
「後一回と言わずに何回でも、どこでも一緒に行ってくれない?」
三村さんはまた少し赤くなる。今度は、ほんのりとしたピンク色。
三村さんは何も言わない。
で、ウェイターを呼んで、言った。
「この、苺クリームパフェください。」




