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君の世界に僕は要らない。  作者: 神代 刃
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6/14

ハンガリーに想いを馳せて。

爽やかな風が吹いている。

日は高く昇り、少し冷たい空気が心地よい。

また風が吹いて、落ち葉が舞っていく。

随分と秋らしくなった風景にめを移しながら僕は公園の前を歩いていく。

並べられた桜の木はそれぞれが赤茶色く染まっていて、「あぁ、恥ずかしい、恥ずかしい」

と言って身をよじらせているかのようにひっそりと佇んでいる。

特に、綺麗というわけでもないんだけれど、「趣が良い」という感想を抱く。

「秋は夕暮れ…」夕方でもないけれど、秋の風情を感じて言う。

清少納言に想いを馳せ、僕は歩いていく。

「いつか、松野さんと来たいものだ。」と都合のいい妄想が浮かんできた。


太陽は微笑み、草木は生まれ、動物たちの目が覚めて、僕たちは同じ公園の前を歩いている。

君はいつも通りのショートカットで、完全に僕好みの服装となっている。ちなみに僕に露出癖は無い。それから、僕はいつも通りのシャツにジーンズ。

桜の木々は咲き乱れ、僕たちを、春の到来を、祝福する。

時折吹く、冷たい風に君は身を縮ませ、そっと僕の手を繋ぐ。

握られる感触を確かめるようにして、僕はまたそっと握りかえす。

「えへへ。」君は少し照れたようにして、嬉しそうに笑う。

「はは。」僕はやっぱり照れて、幸せそうに笑う。

そんな僕たちを囃すように小鳥は鳴き、桜の花びらが舞う。


「おい、和也!逃げるぞッ」

突然に響き渡る声に僕の幻想は掻き乱されて、秋の風となって消える。

「ん?」と言ってみてみると、100mぐらいから、康生が走ってきていた。

「おーい!!」言う康生の声は、深刻そうで、息も乱れているようだ。

疲れと、悲壮感を滲ませた顔をして、やってきた康生に、

「まぁ、慌てるな、タタール人に追いかけられてるわけでもないし。」

僕は言う。

彼は、「和也、何も聞くな。逃げるぞ。」とだけ言って、グイグイと僕を引っ張って行く。

しょうがなく、僕も走り出す。「せっかくの良い散歩日和なのにな。」って呟いて。

後ろを振り向けば、ちらほらと追いかけてくる影がある。

目が悪いため、よく見えないが。


太陽は嘲笑い、草木は勢力を減らし、動物たちは餌をさがしだし、僕たちは同じ公園の前を

走って行く。

冷えた風が吹き、僕は身を縮ませ、つい、僕の手を引っ張る手をそっと握ってしまう。

握り返される感覚が伝わって、照れる気持ちと、薄ら寒い気持ちが1:4の割合で僕の中を馳ける。

「え、へ…へ…。」僕は笑う。まさか、男とこの展開とは!

「は?はは…。」康生も訳もわからず笑ったようだ。

そんな僕たちを囃すようにカラスはマヌケに鳴き、桜の枯葉が舞って行った。


ごっ、

軽い音がなって僕の体が軽く宙に浮き、自由落下を始める。

どさっ、とこけた僕に巻き込まれる形で康生が下敷きになる。

「いっ嫌よ……。」康生は一旦ボケて、ちょっと恥ずかしかったのか、

「おまっ、何こけてんだよ。ほら、早く立て。」と、荒っぽく言う。

「何こけてんだよって、四本の足を持つ馬でもこけるんだが?」

言い訳するように言った僕を制してまた手を引っ張って彼は走り出す。

「なんで馬なんだよ!お前は、馬じゃねぇ!じゃじゃ馬だとか、馬が合わないとかの比喩でもねぇ!」半分叫んではしる。

「ことわざだ。ハンガリーのね。」僕は真面目くさって言う。

商店街に入る。魚屋、八百屋、本屋。いろんな店がある中で、僕たちは

よく行く馴染みの肉屋へ駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、取り敢えずは、撒いた、ようだな。」言う彼の顔は疲労と安心感が伺える。

「はぁ、お前、誰から、逃げてんだ?」息も切れ切れに聞く。

「あれか、借金取りか、振った女か、それとも、ついに、ポリスに目つけられたか?」

中々動悸がおさまらない。

「ち、ちがわい!」若干、康生の方もおさまらなさそうだ。

「やっぱり、タタール人か。」

「誰だよ、それ。人だよ、人。」

「外国の方か?もしかしたらタタール人かもしれない。」しつこく言う僕についに康生が切れた

「だから、タタール人って誰なんだ!人は人でも普通の、チンピラだ!ちょっと揉めたんだよ!」商店街に響き渡るほどの声で。

僕は口に手を当てて「タタール人は、ロシアとかの民族らしいな。ちなみに、慌てるな。タタール人に追いかけられてるわけでもないしってのはことわざだ。ハンガリーのな。」と、解説を入れる。

「また、ハンガリーかよ!なに?お前、ハンガリーに凝ってるの?」

「で、何で逃げたんだよ。」聞き流して言う僕に愛想が尽きたのか、

「公園の側の通りでよ…石蹴ったんだよ。本気じゃない、軽くな。」

と、説明を始める。

「で?」

「飛んでったと、あの二人組の方に。」悪気もなく言った。

「成る程。そりゃお前が悪い。」と、切り捨てるが、

「だと思って謝ったんだけどよ、許してくれねぇの。服汚れた、高かったんだぞって。

金払えって。」言う声はしゅんとしている。

「ああー」ああー、心から同情する。最高で最低の同情を彼に、「ああー。」

「で、逃げたわけよ。」

「話聞くと、高校生らしくてな。黒人選手みたいに焼けててな、ああ、やばいってなったんな。ありゃ、きっとボブだな。二人だから、ボブーズだ。」

そこで、「怖くて、逃げたんだ」と僕は煽る。

「逃げるは恥だが役に立つ。」康生は、自慢げな顔で言った。

「残念ながら、それもことわざだ。ハンガリーの。」言いながらコロッケを買う僕に

「俺も。」と言って、手渡されたコロッケを「熱っ」と言って一口かじってから、「まじか!ハンガリー!すげぇ!」

と、意味のわからない感想を述べる。

「この世の中、実はハンガリーが中心なんじゃね?」変なことを言って彼はうなずいている。


「お前たち!」急に声がして僕らは慌てる。ボブーズが来たか。「ボブ様のお出ましぃ〜」そんな言葉が聞こえる気がししないでも無い。

声の方を振り向く。

「何だ。」二人揃って言う。

「こっさんか。」康生が言う。

「梅さんに、康ちゃんじゃないか!」彼女は笑ってそう言った。


170はある長身、背中まで届く長い黒髪、ひょろりとした体型に、赤縁の眼鏡のこっさん

こと高木小咲は、僕らの方へ歩いて来た。

「何やってるんだい?」また変な口調で言う彼女は小脇にレジ袋を抱えている。

「人に聞くときは自分から、ですよ。」こっさんの口調に乗せられて敬語でただす。

「私は、ある本を買いに来たんだよ。見るかい?」

「いや、やめとく…。」彼女は、2組を代表する腐女子として名高い。

BL系の話を延々とされるのはごめんだ。恋する男子には無用であろう。断じて、そう、断じて。

「俺らはさ、デートだよ、デート。」康生がふざけて言った。断じて…?

「なっ!むぅ……イケメン長身男子と眼鏡っ子男子か………いけるッ!」こっさんは品定めするように僕らを見て、脳内シュミレートしたらしい。

「いや、何がいけるんだよ……。」呆れてぼくがいうと、

「えっ、何?聞きたい?長身イケメン男子と眼鏡っ子(男子)の話…題して、僕等の秋!」

「いや、やめて。ほんと、冗談!」懇願するように僕は言う。「僕等の…」繰り返して言うと、寒気がした。

「和也っお前、俺とじゃ駄目なのか…?」唖然とした顔で康生に言われる。ノリがいい男子はこう言う時に困る。

「いけ……いやっいけないっ。断じていけない!。」慌てて否定するとふと、こっさんと目が合う。

眼鏡の奥の瞳が僕の目を覗き込む。腐女子とはいえ、女子に、それも「容姿端麗」の部類に入る彼女に見つめられると、やっぱりドキッとする。嗚呼悲しきかな男の性。

「やはり…素質がある。これはいけるっ」また言った彼女に「いけますね〜」

康生が調子を合わせる。

「それならお前らだけでやっとけ!」投げやりに吐き捨てると、

こっさんは康生を、康生はこっさんを見る。

こっさんの顔がみるみる朱に染まっていく。ポーっと鳴らんばかりだ。

「きゃぁぁ……。」なんか、勝手に勘違いしたらしい彼女は、「私が、康ちゃんと…きゃぁぁ…」とか呟いている。顔を手で覆い、うつむいたかと思うと、走り出した。

「ふ、二人の物語、ぜひ教えてねぇ。」そう言い残して。


彼女は行ってしまった。二つほど重大な勘違いをして。

特に片方は僕のモラルを問われるような問題なのだが。

「じゃあ、行くか。」こっさんを見送って康生が言った。

「どこへ?」

「えっ、そりゃあ、まぁ、ホテ…」

「却下。」最後まで言わせない。ぼくに「その気」は断じてない。

商店街を抜けて、大通りに出る。

「で、どうする?もう帰りたいんだけど。」そう僕は言ったが、

「まあ、そう言うな。ちょっと不機嫌なんだ。一緒にいろよ。」どうやら彼はまだボブーズに恨みを持ってるらしい。

「まだ引きずってるのか…。もう忘れろよ。」諭すように言うが、彼はほとんど聞かずに、

「だってよ…」といじけている。

「結局何もされてねぇだろうに。」

コツッ

ふと、足元で何かが当たる音がした。見てみれば、僕の中のサッカー魂とやらが刺激されるぐらいの、つまりは丁度いい大きさの小石があった。

「ぱぁっと忘れなよ。」そう言って僕はそれを軽く蹴っ飛ばす。石はころころと不規則に転がって、アスファルトの凹凸に弾かれて丁度康生の足先へと転がった。

「そうだよな…。」ふと康生は足元を見下ろした。「おっ、丁度これくらいの石を蹴ったんだよな。俺の中の野球魂がうずいちゃってよ。」そう言って彼は脚を軽く振り上げる。

「野球って足で打っても良いのか?」そう僕が言った時、彼のバットと化した足が石を蹴る。

コツッ

似てる、というだけで蹴られることになった石はころころと不規則に転がって、

アスファルトの凹凸に弾かれて、飛んで、誰かに当たって、止まる。


「すいません。」顔を上げつつ康生は謝る。

振り向いた学ランの男は、体格が良く、肌が焼けていて、どうやら高校生らしい。

「あっ。」

まさに、ボブじゃないか。僕がいう前に脇から一つの影が飛び出る。

「お前、さっきのやつだな?またやりやがって。この方を誰と心得る?穂部さんだぞ?」

小さい、前歯が出っ張った方の男が言う。

ネズミだ。…といえば、ミッキーか。そんな事を考えながら、

「いや、ほべさんがどの方かは生憎、心得ていませんでして…。」僕はもごもごと言う。

すると

「今だっ!」タイミングなど無いにもかかわらず康生は叫んで、僕の手をとり

走り出す。つまりは、僕を連れて逃げ出した。

「おい、逃げるのか?」戸惑いながら僕は言う。

「逃げるは恥だが役に立つ。」康生はそれだけ言った。

「こんなことわざ知ってるか?」そんな彼を見て、僕は言った。

「馬鹿は同じ石に二度つまづく。」

ボブと、ミッキー、つまり、ボブーズは後ろを走っている。

ボブは鬼か阿修羅かのように顔を歪めて、ミッキーは運動不足か苦しそうに顔を歪めて。

「またことわざかよ!馬鹿は俺か?!」康生が自暴自棄に言った。

「ああ。それも、お前の敬愛する、ハンガリーの、な。」僕は言う。

ボブの丸太を思わせる腕が康生の肩を掴んだ。

同時に、康生の軽い悲鳴が青い空にこだました。







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