体育の秋と憂鬱と。
なぜ、この学校には、体育祭なんていうものがあるのだ、と僕は心の中で叫ぶ。
そう、今から世の運動オンチの公開処刑、こと体育祭が始まるのだ。
全体的にだらだらとした行進の後、僕たちは体操をし、今は長ったらしい校長の、挨拶が始まるのを待っている。
「本日もお日柄の良い中…」頭の禿げ上がった校長が、にこやかな顔で言い始める。
僕は、それを聴きながら、「全く、いい天気だ。」と思う。
僕の、いや、僕たち運動オンチ集団の心の中の空模様とは正反対の、からりとした青い空、白い雲、そしてジリジリと照りつける太陽。
僕は、体操服の袖で、ジワリと滲んだ汗を拭って「本当に、もう、秋なのかよ。」
と言う。
まったく、暑い。体育の秋、とはいうけど、少しばかり月日は集合時間を間違えたようだ。もしくは、秋が焦り過ぎたのか。
またしてもたれてくる汗を拭い、僕は前を、正確には松野さんいる方を見る。
彼女も暑いのか、顔に少し汗が浮かんでいる。それが、少しだけ色っぽく感じて、僕は「汗が似合う女の子ってなんか良いよな。」と思う。
「…と、いうわけで生徒諸君には大いに励んでほしいと思う。」
と、いうわけで、校長の挨拶が終わって、僕たちの戦いは始まる。
炎天下の、お日柄のいい中、
200m走、二人三脚、400m走、と続き、
障害物競争の番になる。
1年,2年,3年と、続いて入場している。
まずは3年生からだ。うちのクラスからは……確か、こっさんと、誰だったか…。
僕は考えるけど、もう一人が浮かばず、並び始めた彼らを眺めることにする。
「パン」と、乾いた音がなって、こっさんが勇猛果敢に走り出す。
そして軽やかに平均台に飛び乗る。が、彼女は足を踏み外し、どーんとこけた。
そこで僕たちの席で笑いが起きて、それでもこっさんはめげずに走る。
平均台を超えた彼女は麻の袋に足を入れて、ピョンピョンと跳ねていく。
それがまた、滑稽で僕たちは笑いながら応援する。
ついに、最後の網潜りに入った彼女は、長い手足を縮こませながら網をくぐって、ゴールする。残念ながら、最後となったこっさんに僕たちは拍手をおくる。
「よく頑張った。」と、僕は彼女を褒めると同時に、少し、恐怖に慄く。
「もし、無様な結果になって、笑われたらどうしよう。」
どうするもこうするもないんだけれど、僕の頭の中はそれでいっぱいになっている。
ああでもない、こうでもない、と言い訳を考えていると「100m走に出場する生徒は、入場門に集まってください。」アナウンスが聞こえる。
「やるぞ。きっと、大丈夫だ。」僕は、根拠のない自信とともに入場門へと向かう。
雲が少し増えてきたようだ。気温が下がっているのがわかる。
僕は、とぼとぼと歩いて応援席に戻る。
そこで先生が「頑張ったな。和也!」と、言う。
お世辞は嫌いじゃないけど、今回の場合は……
僕は、席に着く。
康生や、他の数人のクラスメートが
「頑張ったな。」とか「どんまい。」
とかいった言葉をかけてくれる。それが、嬉しいんだけれど、かえって虚しい。
松野さんは、帰って来た僕には目もくれず、他の男子生徒の応援をしている。
やっぱり、最下位の人にはなんも言ってくれないか。
って悲しくなる。やっぱり僕は、彼女にとって赤の他人だ、と。
自分の非力さと情けなさを呪って、トラックを走るクラスメートを応援する。
午前の部が終わって、午後の部最初の三年生学年種目、綱引きの番になる。
軽快なファンファーレが鳴って、3年2組は入場する。
縄をまたいで整列して、開始を待つ。
「用意。」
先生の声がして、
周囲の空気が一気にはりつめる。
「パン」乾いた音が鳴って、手に持った綱が、手前へと引っ張られる感覚を感じる。僕は、少ない体重の出来る限りを、乗せて引っ張るけど、所詮は僕の力で、大して動きはしない。
グイグイと僕らの綱が引っ張られていく。もうダメか、と退屈していただろう観客のいくらかが思ったであろう時、大きな、よく通る声がグラウンドに響く。
「諦めるなッ。」
康生の、その声で踏ん張った僕たちの綱は、ようやく重い腰、いや、長い腰をあげて少しずつこちら側にやって来た。
その度に、康生や他の体育会系男子の太く、勇ましい声が聞こえる。
そして、ついに、勝利の女神とやらが、重たい腰を、いや長い…ではなくて、とにかく上げた。
赤い、情熱だとか、やる気だとかを思わせる旗が僕たちの陣地に倒れている。やれやれ、と言ってるようだ。
僕等のクラスは、主に男子生徒は、歓声をあげて、女子生徒は、ハイタッチしている。
勝利の味を噛み締めていた僕たちに、「生徒、退場!」と言う担任は、少し嬉しそうだ。
生徒席に戻った僕たちは、こぞって康生を囲む。それを、いくらかの女子生徒が憧憬の目で見ている。口々に康生を褒め称える僕たちに、少し照れた彼はぎこちなく席に座った。
僕は彼の席によって行って、声をかける。
「お前、ほんと、イケメンだな。」
「頑張って走ってた和也も中々、良かったよ。」
そう言った康生に、「まったく、お前には、敵わない。」そう言い残して、座って友達と笑って喜んでいた松野さんを見て、安心する。
もし康生が、僕が一方的に想っているだけとはいえ、ライバルなのだとしたら、本当に、敵わない。
なんとかっこいい男なのだろう。
もし、僕が女なら好きになるだろう。
男でも、惚れてしまいそうだ、なんて考えてたら、自分のことが惨めに思えて来て、
僕はため息を吐く。
生暖かい風が僕の憂鬱を撫でていった。




