試験に幸せを。
さあ、僕は心の中で唱える。
さあ、テストだ。もう一度唱える。
今日は、二学期中間テストだ。
やっぱり受験生なだけあって、クラスが熱気に包まれている気がする。
そのせいか時折吹く秋風が気持ちいい。
教育漫画を必死に読んでいる奴が約1名いるが。
いい感じだ。リラックスできている。緊張は良くない、緊張は。僕は自分に呼びかける。
「大丈夫だ。大丈夫。」
どうも本番に弱いタイプなのだが、やはり頑張らなくては。いや、確かに、受験生としても頑張らないといけないけど、僕が頑張るのはもう1つ理由がある。
あんまり純粋な動機ではないのかもしれないから、公言はできないが。
いや、純といえば純粋かもしれない。
それから最後のあがきに、と教科書を開く。
太陽と地球の距離が一億五千万キロメートルだの、一光年は九兆五千億キロメートルだの
想像の範疇を明らかに超えるような数字が並んでいる。
なんとか頭にたたき込もうとぶつぶつと唱えるけど、
僕と目は完全に目は左から二列目、前から5番目の席に向いている。
君は、涼しい顔で本を読んでいる。何の本が知りたかったけど、本屋のブックカバーがかかっていて、わからない。もしかして毎回をよく買うのかな。なんて考える。
そうだ、もしテストがよかったら聞いてみよう。自分にハードルを与える。上手くいけたら、本屋に一緒に行こうって誘えないかな……。「本屋デート」なんか、いい響きだ。
キーンコーンカーンコーン
と、間延びしたチャイムの音にハッとする。上手くいくはずのない妄想にはまりかけた僕がいた。
松野さんは頭がいい。実際、毎回テストの点数は高い。聞き耳立ててる、なんて言われればぐうの音も出ないが。
ちなみに、自慢する気はないが、僕もそこそこの成績は取ってるつもりだ。あくまでつもであって、実際はどうなのかを測るのは個人の勝手だ。
だから、彼女が行く高校に、行けたらいいな、とか
点数競って、笑いあったりしたいな、とか考える事を原動力にして、勉強してる。いかにも中学生らしい恋愛だ。
今回も頑張ろう。もしかしたら、毎日のように見る夢が、現実になるかもしれない。
動機としては不純だけど…。心の中で笑う。学校に来てるのも、同じようなことかもしれないな。もし、君が学校に、この世界に、いないのなら僕は学校には来ないのかもしれない。いや、来るのだろうが楽しんではないだろう。君がいるから僕は毎日学校に来て、勉強する。そう考えたら、君が僕を、ある意味では作っていると言えるんじゃないだろうか。
ただ。
僕は君を作ってはいないだろう。つまりは、僕が例え死んだとしても、
君は変わらず学校に来て、笑って、いずれは恋をする…。
そう考えて、笑う。…いや、笑えない冗談だ。
もう一度チャイムが鳴る。
緊迫した空気は一斉に消えて、カリカリ、カチカチ、という音が聞こえ出す。
僕はお世辞にも綺麗と言えない字で名前を書き、
一心不乱に問題を解く。
「返すぞー。」
先生の、間延びした声が教室に響き、テストの返却が始まる。ぞろぞろと出席番号の若い人が、答案を取りに行く。「政治の不思議、あざーっす!」前の誰かが叫ぶ。
教育漫画が、今1人の学生を救いました。内心で笑って、眺める。
「……梅崎、…」
僕の名が呼ばれて、慌てて、席を立つ。
成績表を受け取って、少しずつ開く。
国語85点
数学87
英語90点
理科92点
社会88点。
内心でガッツポーズをして、僕は席に着く。
少し余裕が出来た僕は「松野さんは、何点だったかな。」と、同じように答案をもらって席に戻る彼女を横目に見る。
松野さんは席に着くと、頬を朱に染まらせながら、勿体振るようにゆっくりと答案を開き始め、
バッと一気に開く。一瞬顔が真剣になり、目が答案を凝視している。
そのあとそれを閉じると、じわじわと、笑いを堪えれないように笑みを浮かべる。
その顔には、充足感と嬉しさに溢れている。「公民は、政治の不思議シリーズで完璧!」となりで政治の不思議という漫画の素晴らしさをありありと語る奴はいるが。
良かったんだな、テスト。僕は思うけれど、君を見ることができない。見てしまえば、僕の心の中身が融解してしまうだろう。すでに、僕の心は完熟したトマト色になっている。
どうやって話しかけようか。窓から見える紅葉した木々をを眺めるようにして、君を見る。
プランを考える。自然で、さりげなく、かつ印象に残るような計画…。そう、紅葉のような、自然で、涼しく、なおかつ目を惹くような。
僕は考える。何度もシミュレーションして、これじゃない、あれじゃない、と。
康生に知られたら、僕が彼女に話しかけるのだけにこんな悩むなんて、と馬鹿にされるかもしれない。でもしょうがない。言い訳する。康生が太陽なら僕は月。いや、火星とかかもしれない。
つまり豚と真珠…じゃなくて、月とスッポン。いや、似てはいないんだけれども、つまりは…そう、イケメンとブスの違いだ。
偏見かもしれないけど、イケメンは何をしてもサマになる。ブスは何してもダサい。是非とも生まれ変わったらイケメンになりたいものだ。
とにかく、一番自然なプランを立てて、松野さんの席に向かう。
「どうだった?」少し上ずった声で言った僕はこのまま死ぬのではないかと思うくらい気分も、頬もこうようしている。主語を忘れるのに気がつかないほどに。
「何が?」小さい唇から女性らしい、優しい音が聞こえた。座っているから、僕を見る目も、自然と上目遣いになる。彼女の瞳に僕の全てを覗き込まれているようだ。
そんな目で見られたら…。僕の頭の中、というか体中がカッカとあつくなる。
「あ、ごめん、主語忘れてた。テストだよ。良かった?」動揺が露わになりつつ言う僕を不思議そうに眺め、それからにっこりと松野さんは言う「主語を忘れたって。ははは、テストは、良かったよ!」
ズキズキする。何がって、心が。僕の身体中から、''好き''が溢れ出して、自信のない、傷だらけの、僕の心にしみて、悲しくて、嬉しくて、痛くて、それからほんのり暖かくて。
僕は耐えきれなくなって、これ以上いたら「好き。」と言ってしまいそうで、
「さすがだね。」とだけ言って、席に戻る。
僕は君のことが好きなんだな。わかりきったことが、また分かっただけなのに、僕は満足する。
席について、気持ちを落ち着かせてから、
これも幸せっていうのかな、と思う。
「お前、こんなの小学生でも知ってるぞ。俺は4年の頃には知ってたぞ。馬鹿じゃねえの。」
そんな罵声とともに分厚い本が飛んで来た。




