第9話: 夏の精霊
夏の庭は、音が違う。
虫の声が増えて、葉が風で擦れる音が大きくなる。湿った熱が地面から立ち上って、歩くだけで汗が出る。七年前、最初の夏はその暑さに参っていた。今は、暑さの中で動く呼吸の仕方を、体が覚えている。
その日、薪を割っていると、いつもとは違う気配を感じた。
火に近い気配だった。シアの水とは違う、もっと荒々しい何かが、近くにいた。
「誰かいる?」
声に出すと、火の中から小さな炎の形をしたものが跳び出した。子供のシアより少し荒っぽい動き方をしていた。
「お前か。ここで薪を割ってるやつ」
ぶっきらぼうな声だった。
「リナです」
「知ってる。シアが話してた」
その精霊は、名前を持っていた。
「カル」とだけ言った。誰がつけたのか聞こうとしたが、答える前にカルは薪の上で踊るように動き回って、話を逸らした。
「薪、湿ってるな。燃えにくい」
「乾かしてから使ってます」
「もっと早く乾く場所、教えてやる」
言うが早いか、カルは庭の南側、日当たりの強い岩場へとわたしを案内した。確かに、その場所の薪は早く乾いた。教えてもらわなければ、見つけられなかった場所だった。
「ありがとう」
「礼はいらない。火が早く点く方が、おれも楽しいだけだ」
カルの言い方は、シアやエルとは違っていた。素直に礼を言われるのが苦手なのか、それともそういう性格なのか、よくわからなかった。
カルとの距離感は、シアとは別の難しさがあった。
シアは静かに寄ってくる。エルは遠くから見守る。カルは、近づいたり離れたりを激しく繰り返す。気が向いたときだけ話しかけてきて、気が向かないときは何日も姿を見せない。
最初は戸惑った。でも、七年で他の精霊との付き合いを覚えていたから、無理に追いかけることはしなかった。カルが来たいときに来る。それでいい、と思うようになった。
「お前、おれを気にしてないな」
ある日、カルがそう言った。
「気にしてないわけじゃない」
「でも、追いかけてこない」
「追いかけても、来ないときは来ないでしょう」
カルは、しばらく黙って炎を揺らした。それから、少し違う調子で言った。
「シアは、お前のこと大事にしてるよな」
「そう、なのかな」
「気づいてないのか。鈍いやつだな」
夕方、カルが教えてくれた岩場で、薪を干していた。
日差しが強く、岩が熱を持っていた。その熱の上で、薪が音もなく乾いていく。カルがその近くで、満足そうに揺れていた。
「ここ、お前が見つけた場所じゃない。おれが見つけたんだぞ」
「知ってる。ありがとう」
「礼はいらないって言ったろ」
言葉とは裏腹に、カルの炎は少し大きく揺れた。それが嬉しさの表現なのかどうか、まだよくわからなかった。七年でシアとの距離感はだいぶ理解できたが、カルとの距離感は、まだ測り始めたところだった。
庭には、こうしていろんな気性の精霊がいる。みんな違う距離感で、みんな違う付き合い方をする。それを一つずつ覚えていくことが、この庭で生きるということなのだと、少しずつわかってきていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第9話をお届けしました。
火の精霊カルは、シアとは正反対の気性を持たせたいと思って書きました。ぶっきらぼうで素直に礼を言われるのが苦手。でも本当は優しい。そういうキャラクターです。
「気にしてないな」「追いかけてこない」というカルの台詞には、リナの七年間で身についた距離感の取り方が表れていると思います。誰かを追いかけなくても、来るときは来る。それを信じられるようになったのも、七年という時間があったからです。
次の話では、土の精霊ソルとの仕事を描きます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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