第24話: 七年ぶりの人間
足音は、三日かけて近づいてきた。
北の門番村を越え、獣道もない斜面を登ってくる音を、庭の奥からずっと聞いていた。シアが水路の縁で、落ち着かなさそうに揺れ続けていた。
その朝、霧の切れ間に、初めて姿が見えた。
五人。荷を背負った者が三人、剣を帯びた護衛らしき者が二人。先頭を歩く一人の輪郭に、見覚えがあった。
近づいてくるにつれて、輪郭は確信に変わった。
アルヴィン。
七年前、団長としてこの庭の入り口まで自分を連れてきた男だった。あの日より、頬がこけている。鎧の艶も、記憶より鈍っていた。だが、目つきだけは変わっていなかった。
柵の前で、立ち止まった。向こうも、立ち止まった。
しばらく、誰も口を開かなかった。風だけが、二人の間を吹き抜けていった。
「……リナ、なのか」
アルヴィンが、掠れた声で言った。
答える前に、後ろにいた調査官らしき男が、驚いたように声を上げた。
「本人ですか。生きて――いや、これは」
男は、言葉を途中で止めて、周囲を見回した。整えられた柵、手入れされた畑、煙の立つ小屋。荒れ地に打ち捨てられたはずの人間が、七年の暮らしをそこに築いていた。想定していたものとは、まるで違う光景だったのだろう。
「七年ぶりですね」
アルヴィンが、ようやくそれだけ言った。
「……ええ」
それ以外、返す言葉が見つからなかった。
「私はダグラス。王立資源調査局の者だ」
調査官の男が、名乗りながら一歩進み出た。手にした帳面を、既に開いていた。
「この地に住み続けている人間がいるとは、報告と食い違う。あなたが、リナ殿で間違いないか」
「間違いありません」
「一人で、七年」
「一人ではありません」
その返答に、ダグラスが眉をひそめた。周囲を見回しても、人の姿は他にない。何を指しているのか、理解できていない様子だった。説明する気にはならなかった。
「うわあ、すごい」
別の声が割り込んできた。荷を背負った、若い女がこちらに駆け寄ってきた。
「ミラ、勝手に前に出るな」
ダグラスが咎めたが、ミラと呼ばれた女は気にする様子もなかった。
「この柵、見てください。すごく丁寧。畑の畝も、教本に出てくるみたいに均一で」
「ミラ」
「あ、すみません。つい」
叱られても、すぐにまた興味深そうにあたりを見回していた。陽気さの質が、他の四人とは明らかに違っていた。この庭に、まだ好奇心だけで向き合える人間がいることに、少しだけ驚いた。
「話がある。少し、時間をもらえないか」
アルヴィンが、他の三人から距離を取るように、一歩前に出た。
「話すことは、特にありません」
「七年前のことを、詫びたい」
「詫びは、必要ありません」
その言い方に、アルヴィンが息を呑んだのがわかった。怒っているわけでも、赦しているわけでもない。ただ、七年前のことは、もう自分の中で終わったこととして処理されていた。詫びを受け取るという行為自体が、今のリナには不要なものだった。
「では、なぜ、生きて――いや」
アルヴィンが、言葉を選び直そうとして、うまく続けられずにいた。
「調査は、明日から開始する」
ダグラスが、間に割って入るように言った。
「この地の資源価値を測定し、王都へ報告する。それが我々の任務だ。ご協力いただきたい」
「協力する義理は、ありません」
「国家の命令だ」
「わたしは、この国の民ではありません。七年前に、そう扱われました」
その一言に、ダグラスが初めて言葉を詰まらせた。柵の向こう、水路の陰で、シアの光が、警戒するように揺れているのが見えた。
庭全体が、静かに息を潜めていた。人間たちの足音を、これからどう受け止めるのか。まだ、誰も答えを持っていなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第24話をお届けしました。いよいよ第3アーク「都からの来訪者」の開幕です。
元勇者アルヴィンとの再会は、感情をぶつけ合う場面にするのではなく、リナが徹底して「詫びは不要」と受け流す形にしました。怒りも赦しもなく、ただ終わったこととして処理している——それが七年間の積み重ねの証だと思っています。
一方で、ミラという陽気な調査員を新キャラクターとして投入しました。ダグラスの生真面目さとの対比、そしてリナの静けさとの温度差を、これから少しずつ効かせていきたいキャラクターです。
次の話では、調査官たちが庭を数値と記録で見ようとする様子が描かれます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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