第23話: 来訪者の足音
その日から、精霊たちの気配が落ち着かなくなった。
シアが、水路から出たり入ったりを繰り返していた。理由を聞いても、はっきりした答えは返ってこなかった。
「なんか、変な感じ」
「変って、どんな」
「わからない。でも、変」
カルは、いつもより火の気配を強くしていた。ソルは、土の中に潜ったまま、なかなか出てこなくなった。庭全体が、何かに身構えているようだった。
理由をつかめないまま、数日が過ぎた。
朝、水を汲みに沢へ向かう道で、遠くから微かな物音がした。
風の音でも、獣の足音でもなかった。もっと規則的な、何人もの足が土を踏む音に似ていた。北の門番村の方角から、確かに聞こえていた。
足を止めて、耳を澄ませた。七年間、こんな音を聞いたことは一度もなかった。
人の気配だった。
古木の根元に、急いで向かった。
「エル」
「知っている」
尋ねる前に、答えが返ってきた。
「人間が来る」
その一言に、体の奥が冷たくなった。都の資源調査局か、それとも別の誰かか。誰が来るのかはわからない。ただ、確かに人間が、この庭に近づいている。
「いつ来るの」
「もうすぐだ」
エルの声は、いつもと変わらず低く落ち着いていた。だが、その落ち着きの中に、これまでにない重さがあった。
「あなたは、どうする」
エルが、初めて尋ねる形で問いかけてきた。
すぐには答えなかった。都から人が来る。それは、もう帰るべき場所も理由もない自分に、何かを突きつけてくるものだと直感していた。連れ戻されるのか、それとも別の目的なのか。わからないことばかりだった。
それでも、答えは一つしかなかった。
「……庭を守ります」
「それだけか」
「それだけです」
エルは、それ以上何も言わなかった。
木の軋みが、静かに収まっていった。答えを急かすことも、諭すこともなかった。ただ、リナの一言を受け止めて、それきり黙った。
沢へ戻る道で、シアが待っていた。
「聞こえた? 足音」
「聞こえた」
「怖い?」
その問いに、少し考えてから答えた。
「怖くない。ただ、久しぶり」
「久しぶり?」
「人間の気配。七年ぶり」
その言葉に、自分でも驚いた。七年間、恐れていたのは、また不要だと判断されることだった。だが今、遠くに聞こえる足音に感じるのは、恐怖よりも、もっと静かな何かだった。
小屋に戻って、道具を並べ直した。
柵の状態、畑の様子、薪の蓄え。いつもの仕事を、いつも通りに確かめた。何が来るとしても、変えるつもりはなかった。この七年で積み上げてきたものを、誰かに測られる理由もない。
窓の外、霧の向こうに、微かな光の粒がいくつも揺れていた。シアだけでなく、庭中の精霊たちが、同じ方角を見つめているようだった。
足音は、まだ遠かった。だが、確かに近づいていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第23話をお届けしました。これで第2アーク「七年の庭」が完結です。
エルとの短いやり取り「人間が来る」「どうする」「庭を守ります」「それだけか」「それだけです」は、この物語の設計段階から、第2アークの締めくくりに置くと決めていた台詞でした。多くを語らず、ただ庭を守るとだけ答えるリナの静かな覚悟を、これ以上説明せずに置いておきたかったです。
七年間、庭で積み上げてきたものが、次のアークでいよいよ試されます。
次の話から、第3アーク「都からの来訪者」が始まります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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