第17話: エルの言葉
古木の根元は、他の場所より雪が薄い。
毎年そうだった。理由はわからないが、この木の周りだけ、雪が積もりきる前に融ける。七年、冬になるたびに確かめてきたことだった。
根元に手をついて、幹の様子を見た。傾きも、割れも、去年と変わらない。ただ、気配だけが、いつもより濃かった。
「エル」
名前を呼ぶと、返事の代わりに、木全体がわずかに軋んだ。低く、遠くから届くような声だった。
「来たか」
「この間の夜、光った」
前置きなしに言った。エルには、それで通じることが多い。
「見たか」
「見た。庭全部が光ってた。シアも、わからないって」
エルは、しばらく黙っていた。木の軋みが止まり、風もないのに、上の方の枝が一度だけ揺れた。
「あれは、珍しいものではない」
「珍しくない?」
「毎年、数えるほど起きる。人の目に見えることは、少ない」
その言い方に、引っかかった。人の目に見えることは少ない——つまり、リナには見えたということだ。
「なんで、わたしには見えたの」
「あなたは、守られているからだ」
その一言だけ、はっきりしていた。
あとが続かなかった。エルは、いつもそうだった。核心に近い言葉を一つだけ置いて、その先は靄の中に残す。
「守られてるって、誰に」
「それは、まだ話す時ではない」
「いつなら、話す時」
「あなたが、聞く用意ができた時」
その答えに、少し苛立った。用意ができているかどうかを、なぜエルが決めるのか。だが、問い詰めても無駄なことは、七年でわかっていた。エルは、遠回しにしか語らない精霊だった。急かせば急かすほど、言葉は少なくなる。
「わかった。もう聞かない」
そう言うと、木の軋みが、わずかに和らいだ気がした。
「一つだけ、言っておく」
珍しく、エルの方から続けた。
「守られていることを、怖がらなくていい」
「怖くはない」
そう答えたが、本当は少し違った。守られているということは、見られているということだ。見られているということは、いつか値踏みされるということでもある。役に立たないと判断されれば、また同じことが起きるかもしれない。七年前の記憶が、体の奥で小さく反応した。
エルは、その反応を見透かしたように、もう一度だけ言った。
「あなたが恐れているものと、あなたを守っているものは、同じではない」
その言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。
小屋に戻る道で、何度もその言葉を反芻した。
「守られている」という一言が、七年間積み上げてきた「一人で生きてきた」という感覚に、静かに罅を入れていた。一人ではなかったのかもしれない。だとしたら、その「誰か」は、いつから見ていたのだろう。
答えは出なかった。
振り返ると、古木の根元だけ、雪がまた薄く融け始めていた。今年もいつも通りだ、と自分に言い聞かせたが、その「いつも通り」の意味が、もう昨日までと同じではなくなっていた。




