第12話: 嵐の夜
風の音が変わったのは、夕方だった。
いつもの風とは違う、低く長い音だった。空が、急に重い色に変わっていた。シアが慌てた様子で水路から出てきた。
「リナ、嵐来る。大きいの」
「どれくらい大きい」
「わからない。でも、大きい」
空を見上げると、北の方角から黒い雲が迫っていた。七年で何度か嵐は経験していたが、雲の色がいつもより濃かった。
小屋の補強を急いだ。屋根に重い石を載せ、戸口を塞ぐ板を立てた。手が震えるほど急いでも、終わる前に最初の雨粒が落ちてきた。
風が本格的に強くなったのは、夜だった。
木々が大きく揺れて、何かが折れる音が遠くで響いた。小屋の壁が軋んだ。雨が横から叩きつけてきて、隙間から染み込んでくる水を、布で何度も拭った。
地面の下から、声がした。
「東の木、危ない」
ソルだった。普段は寡黙な精霊だが、この夜は珍しく自分から話しかけてきた。
「東の木って、支えを入れた木のこと?」
「そう。根が、また浮いてる」
外に出るのは危険だとわかっていた。でも、あの木が倒れたら、長年支えてきたものが無駄になる。考える前に、雨具を身につけて外に出た。
外は、視界が利かないほどの雨だった。
風に体を持っていかれそうになりながら、東の木まで歩いた。木は大きく傾いていた。根元の土が、雨で流されかけていた。
「ここ、押さえて。おれが土を固める」
ソルの声が、地面から響いた。普段の短い指示とは違う、緊張した声だった。
両手で根元を押さえた。雨で滑る土を、力いっぱい押し込んだ。ソルの気配が地面の中で動いて、土が少しずつ締まっていくのがわかった。人間の手では届かない深さで、ソルが土を支えているのだと、感触でわかった。
何度も雨に流されかけたが、何度も押し込んだ。腕の感覚がなくなっても、止めなかった。木が倒れることは、ソルにとっても、わたしにとっても、避けたい結末だった。
風が少し弱まったのは、夜半過ぎだった。
木は、傾いたままだったが、倒れずに済んだ。ソルの気配が、地面の中で静かになった。
「ありがとう、ソル」
「お前が、押さえたから」
短い返事だったが、いつもより少し柔らかい響きがあった。
小屋に戻ると、シアが心配そうに待っていた。
「大丈夫?」
「大丈夫。木も、無事」
「よかった」
シアが、安堵したように水路の方へ揺れた。
全身が濡れて、震えていたが、不思議と気分は悪くなかった。一人では守れなかったものを、精霊と一緒に守れた。その感覚が、初めての種類のものだった。
七年間、一人で生きてきたつもりだった。でも、この夜だけは、確かに誰かと一緒に、何かを守った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第12話をお届けしました。
ソルとの共同作業は、この物語で初めて「リナと精霊が力を合わせて何かを守る」場面です。ソルの寡黙さがこの夜だけ少し崩れる、という変化を書きたかったです。
「一人では守れなかったものを、精霊と一緒に守れた」という感覚は、リナの七年間の中でも特別な一夜だったと思います。
次の話では、負傷した野生動物の看取りを描きます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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