92 欠片
倒れた生徒たちが担架に乗せられ、保健室へと運ばれていくのを見送ったあと、私たちは生徒会室へ移動していた。
夕陽がグラウンドを橙色に染め、部活動を終えた生徒たちの声も遠ざかり、再び校舎が静寂に包まれる。
長机を囲むようにして、私たちはそれぞれ椅子に腰を下ろしている。私の正面には朱雀会長がいて、隣にはノエルくん。そして、少し離れた椅子にはハヤテくん。
こうして私たちが生徒会室に集まっているのは、会長が「場所を変えて話をしよう」と提案したからだった。その提案に全員が同意して生徒会室へ移動してきたのだけど、いざ集まってみても誰も口を開こうとしない。
沈黙が重い。
みんな混乱しているのだ。いきなり正体不明の怪物が現れて生徒が襲われたのだから。私の胸には、あの黒い怪異の姿と今まで味わったことがない恐怖が焼きついている。
しかしながら、このままでは誰もしゃべらないまま夜が明けてしまいそうなので、私は重苦しい沈黙を打ち破るように、互いに面識がない御三方をそれぞれ順番に紹介していった。
せっかく気を使って司会役をやってあげたのに、彼らは自分が紹介されても「どうも……」くらいしか発言しないのだ。
なんかもう、縄張り意識とでもいうのかな。男の子って初対面の同性に対して変に意識して牽制し合うのよね……。
そんなことを考えていたときだった。
「今回の事件、これで終わったのか?」
最初に口を開いたのは、ハヤテくんだった。
彼は椅子の背にもたれながら腕を組んでいる。さっき怪異と戦っていたせいか、道着の裾は土埃で汚れていた。
「そう思いたいが、まだ一体残っている」会長が答えた。
その言葉に、室内の空気が再び張り詰める。
「また現れるってことですか?」ノエルくんが尋ねた。
「分からない。だが、逃がしたのは事実だ」
会長は机の上に視線を落としたまま続ける。
「赤桐ハヤテといったな。お前はあの怪異を知っているのか?」
「どういう意味だ?」ハヤテくんの目が鋭くなる。
「生徒を襲い始めた怪異に臆さず立ち向かっているように見えた。以前から怪異の存在を把握していたのではないかと思ってな」
「体が勝手に動いた、それだけだ。あんなイカれた存在と知り合いだと思われるのは心外だな」
「確認しただけだ。もしアレに関する情報を持っているのであれば、共有しておく必要があるだろう」
会長がそう告げると、ハヤテくんはふんと鼻を鳴らした。
険悪というほどではないけれど、二人の間に流れる空気がピリピリしている。会長もそれ以上追及することはなく、視線をノエルくんへ移した。
「飛鷹ノエル、キミは何か知っているか?」
「いいえ、何も……」とノエルくんは首を左右に振った。
「僕らはこれからどうするべきなのでしょうか?」
その問いに、再び沈黙が訪れる。当然だ、誰も答えを持っていない。私たちは何も知らない。あの怪異が何なのか。どうして学校に現れたのか。なぜ私たちだけが灰色の世界で動けたのか。
窓の外では夕陽がさらに低くなっていた。部屋の中が薄暗くなっていくのが嫌で、椅子から立ち上がった私は暗くなる前に部屋の電気を付けて席に戻った。
「あの野郎の目的は分からないが」
ハヤテくんが口を開いた。全員の視線が彼へ向く。
「オレたちを、生徒を襲ってくるなら戦うしかない」
迷いのない言葉だった。その言葉に会長もノエルくんもうなずく。私も遅れてうなずいた。正直ものすごく怖いけど、あの怪異に触れられたらみんな怪異になってしまう。そうと知った以上、逃げるわけにはいかない。
「おそらく、怪異が出現する条件や規則性があるはずだ。世界が灰色に染まったことも、その条件の一つだと思う」
「条件といえば……」
ノエルくんが顎に手を当て、考え込む。
「どうして、あの灰色の世界で僕たちだけが普通に動けたのでしょうか?」
もっとも、その疑問に誰も答えられないことは分かっている。それでも彼は続ける。
「僕たちに何か共通点でもあるのでしょうか?」
彼らは互いの顔を見回した。自ら発言したノエルくんも思い当たる節はないという顔をしている。
「ナイトメア……」
不意におかしな単語が、私の口からこぼれ落ちていた。




