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私が騎士団の司令官ってなんですか!? ~聖女じゃなかった私は得意の料理で騎士たちの心を掴んだら食堂の聖女様と呼ばれていたのです~  作者: 堂道廻
第四章【悪夢】

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91 夢の知識

「あいつ……まさか戦う気か? あの化け物相手に……!」


 会長の声には、驚きと焦りが入り混じっていた。


 窓の向こうでは道着姿のハヤテくんが竹刀を構え、黒い怪異へ向かって一直線に駆けていく。迷いのない背中だった。逃げるという選択肢など最初から持っていないように見える。


「助けなきゃ!」


 気づけば私は叫んでいた。このまま一人で戦わせるなんて絶対に駄目だ。


「僕が行きます!」


 ノエルくんが迷うことなく駆け出そうとする。


「待て、私も行こう。白城、お前は図書室へ戻って隠れていろ」


「で、でも……!」


 思わず一歩踏み出す。私だけ何もせず安全な場所にいるなんて嫌だ。


「ここは任せるんだ」


 会長が私を手で制す。その声には有無を言わせない圧力があった。私は唇を噛み締める。


「……分かりました」そう答えるしかなかった。


「武器になる物があればいいんだが……」


 周囲を見回す会長に、ノエルくんが声を上げる。


「職員室です! 防犯用の刺すまたがあります!」


 二人は目を見合わせて力強く頷くと駆けていった。私は窓際へ駆け寄る。見守ることしかできない自分がもどかしい。

 グラウンドではハヤテくんがすでに三体の怪異を相手に戦っていた。竹刀を振り上げ、鋭い踏み込みから放たれた一撃が黒い胴体を横薙ぎに切り裂き、怪異の身体が真っ二つになる。


「や、やった……!」


 思わず声が漏れる。しかし、その喜びは直後に凍りついていた。切断されたはずの胴体から黒い靄が糸のように伸びる。靄は互いを引き寄せるように絡み合い、裂けた身体を縫い合わせていく。

 傷口だった場所は跡形もなく塞がり、怪異は何事もなかったかのように再び動き始める。


「そんな……」


 攻撃が効かない。このまま戦い続ければ、先に体力が尽きるのは彼の方だ。助けに向かった会長も、ノエルくんも。


 どうすればいいの……。考えて、落ち着いて考えるのよ、なにかあるはず。なにか、なにか――。


 必死に頭を巡らせる。不意に夢の中で読んだ分厚い特殊部隊のマニュアルが頭に浮かんだ。夢なのに不思議なくらい細部まで覚えている。まるで何度も読み返した本のように思い出せる。

 その中には確か、属性魔術への対処法も記載されていた。


「でも……」


 私は首を横へ振る。所詮は夢だ。夢の知識なんて現実で役に立つはずがない。そんなものを信じるなんて馬鹿げている。

 けれど――。


「……でも!」


 何もしないよりはずっといい。相手が常識の通じない存在なら、こちらも常識に縛られている場合じゃない。


 マニュアルにはこう書かれていた。属性魔術の有効な防御方法として、対極属性による相殺がある。火に水、水に雷、氷に火、闇には光。あの怪異は、どう見ても闇そのもの。強烈な光を浴びせれば、怪異をやっつけられるかもしれない。


 この校舎にある物で強い光を放てる物……。


 頭の中で一つの部屋が思い浮かび、私は廊下を全力で駆け出した。足音を響かせて同じフロアにある映像研究部の部室へ飛び込む。室内には撮影機材や三脚、編集用のモニターが所狭しと並んでいる。棚という棚を見回し、必死に探す。


「あった!」


 隅に置かれた大型撮影ライト。両腕で抱えるとずっしりと重い。歯を食いしばって持ち上げ、廊下に運ぶ。電源コードを壁のコンセントへ差し込み、震える指でスイッチを押す。

 ライトを持ち上げた私は窓から校庭に向かって光を放った。眩い光が灰色に染まっていた世界を照らす。


 怪異たちの身体を覆っていた黒い靄が光を浴びるたびに揺らぎ始める。煙のように薄れ、剥がれ落ち、輪郭が徐々にはっきりとしていく。曖昧だった姿が、人の形へ近づいていく。怪異たちは初めて戸惑ったように身体をよじり、光から逃れるように後退した。


 効いてる……! 光を嫌がっている!?


 刺すまたを構えたノエルくんが怪異の背後へ回り込む。怪異の動きがぴたりと止まった。


「今だ!」


 会長の声が響く。会長の刺すまたが怪異を押さえ込み、ノエルくんも同時に突き出した。狙いすましたかのようなハヤテくんの面打ちが決まる。

 黒い靄は爆発するように霧散し、その中心から陸上部の男子生徒が力なく地面へ崩れ落ちた。


「やった!」


「残り二体だ!」


 歓喜に湧いた彼らに怪異が襲いかかる。三人は距離を取って攻撃の機会をうかがう。隙を突いたハヤテくんの竹刀が怪異を斬り裂く。だけど再生してしまった。


 なんで!? 光が弱点じゃないの?? きっと……光だけじゃ足りないんだ。何か、もう一つ条件がある。さっき倒せたときとの違いは何? ノエルくんが背後へ回ったときに怪異が止まった。でも、背後に回る場面なら何度もあった。


 光……、背後に回る……。問題は位置じゃなくて方角? 


「方角……、あっ!!」


 そうか!! この灰色の世界には影が存在しなかった。影を消したのはそれが弱点だから!


「みんな!」


 私は窓から身を乗り出す。


「そいつの影を踏んで! 影を踏めば動けなくなる! 攻撃も有効になる!」


 即座に反応した会長が怪異の影を踏んだ。怪異は身体を震わせたまま完全に動きを止めた。


「やっぱり!」


 この機を逃すまいとハヤテくんの鋭い剣撃が怪異を真っ二つに切り裂く。黒い靄は風にさらわれる煙のように消え、解放された生徒が地面に倒れた。

 見事な連携、彼らの息はぴたりと合っている。まるで……、これまでずっと同じ訓練を重ねて、肩を並べて戦ってきた仲間のように見える。


 次の瞬間、灰色だった世界に色が戻った。止まっていた時間が一斉に動き始める。サッカーボールが転がり、陸上部員が走り抜け、野球部員がバットを振り抜いた。


 何事もなかったかのように世界は息を吹き返す。けれど、まだ私の鼓動は強く鳴り続けていた。


 逃げられたのだ。まだ一体、残っている。




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