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私が騎士団の司令官ってなんですか!? ~聖女じゃなかった私は得意の料理で騎士たちの心を掴んだら食堂の聖女様と呼ばれていたのです~  作者: 堂道廻
第四章【悪夢】

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85 ningenmoyou

 床に散らばったアンケート用紙を拾い集めてから貸出カウンターへ戻ると、そこにいるはずの彼女の姿はなかった。図書委員用の椅子だけがぽつんと残され、時計の針が刻む微かな音だけが静かに響いている。


 どうやら委員の仕事を放り出して、どこかへ行ってしまったらしい。


 ……ううぅ。まさかと思うけど時すでに遅し、漏洩防止は失敗ですか? 


 私は肩を落としながら椅子へ腰を下ろした。ため息混じりに机へ頬杖をつくと、一冊の分厚い本が視界に入る。誰が置いていったのか分からないその本には、『量子力学入門』といういかにもタイトルが印字されていた。


 気晴らしになるかなと思って何気なく手に取り、ぱらぱらとページをめくってみる。


 粒子は観測されるまでは波として存在し、位置さえ確定していない。誰かが観測した瞬間にだけ、その状態が一つへと定まるだとか、定まらないとか、うんちゃらかんちゃらだそうだ。

 なんとなく理解した気になって読み飛ばしていくと、キモカワ風のネコのイラストが目に留まった。有名な『シュレーディンガーの猫』ついての解説だ。これは知っている。箱を開けて観測するまでは、生きている状態と死んでいる状態が同時に存在するという思考実験だ。


 こういう本って読んでいる時は、理解できた気がするのだけど、家に帰ってから「量子力学って何?」と聞かれたら、ちゃんと説明できる自信はない。きっと覚えていたはずの知識が、聞かれた瞬間に粒子になり、海馬を通り抜けて宇宙へ飛んでいってしまうのだろう。


「お疲れ様です、先輩。これ、差し入れです」


 爽やかな声とともに、ペットボトルがカウンターへ置かれた。


 顔を上げると、淡い金色にも見える髪の毛と美しい碧い瞳の少年が立っていた。女子からはリアル王子と評される一年生の飛鷹ノエルくんだ。


 彼とは同じ図書委員だけど、今日は当番ではなかったはずだ。


「……ノエルくんは、ノエルくんなのね」


 じっと彼の顔を見つめながら、そんなことを呟いてしまう。


 夢の中の登場人物の一人である彼は、アクセルホーク辺境伯の息子で私が指揮官を務める部隊の騎士っていう設定だった。今思い返しても妄想が暴走した意味の分からない夢である。意味は分からないけど、設定は意外としっかりしていた。

 それにしても、異世界転生の願望でもあるのかな、私って。なははっ……。


「一体なんのことですか?」


 不思議そうに首をかしげるノエルくんに、私は笑ってごまかした。


「ううん、なんでもないの。ただ、ノエルくんを見たら安心するっていうか」


 本を閉じて立ち上がった私は彼の金色の髪へそっと手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。


 いつ触っても柔らかくてなめらかな手触りだ。つい撫でたくなってしまう。


「こ、子ども扱いしないでください!」


 耳まで真っ赤に染めながら抗議する姿が可愛らしくて、思わずもっと撫でまわしたくなる。


「でも私たち、まだ高校生だよ? 十分子どもじゃない?」


「それはそうですけど……僕だって男なんですよ」と少しだけ唇を尖らせた。


 夢の中では年齢以上に頼もしく見えたノエルくんも、ごく普通の高校生だ。当たり前だけど、夢と現実のギャップがなんだか微笑ましくて可笑しい。


「ごめんごめん。それより今日は当番じゃないでしょ? どうしたの? 何か用?」


「いえ、大した用ってわけじゃないんですけど……」


 彼は視線を泳がせたあと、恥ずかしさを誤魔化すように頬をかいた。


「先輩、いるかなって思って」


「私?」


「はい。学年も違いますし、こうでもしないとなかなか会えないじゃないですか」


「それで、わざわざ会いに来てくれたの?」


「……はい」


「ふーん、そうなのね」


 彼の気持ちに気付いていないわけではないのだ。年下といっても一学年しか離れていないし、清い交際に発展する可能性だってあろう。ただ、なぜだか私の中の倫理感がイエローシグナルを発していて、難聴系主人公ばりのスキルで回避している。


「ふーんって……。あ、あの先輩。実は大切な話が――」


 彼が意を決したように口を開いたそのとき、ガラリと図書室の扉が開いた。





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