84 デジャブ
ドラマみたいな青春? キラキラした日常? なにそれ美味しいの? へぇ、甘くて酸っぱいんだぁ(棒読み)。
中学生のころは思っていたのだ。
高校に入ったらもっと積極的になって友達をいっぱい作って、放課後に寄り道とかして、休日は一緒に買い物に行ったりして、そんなキラキラした高校生活を送るんだって。
だけど現実は、甘酸っぱいどころかとてもビターだった。
高校生になった途端、なぜかイケてる男子と関わる機会が増えて仲良くなったところまでは良かった。しかしながら、異性に対して不慣れだった私が同性に対しての配慮を怠っていたと気付いたときには既に遅かった。
なんで私は女子たちから無言で睨まれているの?
どうして廊下を歩くだけでヒソヒソされるの?
結論。日陰者は日陰で静かに生きるべきであり、イケメンに関わるとロクなことにならない。
それが高校デビューに失敗した私、白城千鳥が得た教訓である。
◇◇◇
誰も利用者のいない放課後の図書室で、私は返却された本を書架へ戻す作業をしていた。
図書委員になってよかった。他の委員より拘束時間は長いけど、やることがなければ静かな環境で勉強することができる。
それにしても、今朝のアレはなんだったんだろう……。まさかハヤテくんも同じ夢を見たのかな? そんなまさかだよね。
背表紙の番号を確認しながら本を棚へ差し込んでいるとき、ふいに後ろから目を覆われる。
「――っ!?」
びくりと肩が震える。けれど、すぐに分かった。爽やかな香水の匂い。そして、こんなキザな悪戯をする人物なんて一人しかいない。
「会長……。そういうの止めてくださいって前にも言いましたよね」
私はため息交じりにその手を払い、振り返った。
そこに立っていたのは、整った輪郭に涼しげな切れ長の目、眼鏡を掛けた長身の男子生徒。日本人離れしているスタイルで、もったりした学ランを見事に着こなしている。
地毛だという金色の髪の毛は、染めたそれと違って品格を感じさせる。まるで少女漫画から出てきた王子様。彼の名前は朱雀エイジ、この学校の生徒会長だ。
そして、夢に出てきた登場人物のひとり、戦術騎士隊アルタイルの隊長のエドガー……(笑)。思い出すと恥ずかしさで顔が熱くなってきた。
「そういう軽率な行動が原因で、私ひどい目に遭ったんですからね」
私はじとっと彼を睨む。
もう辞めてしまったけれど、一年生のころ生徒会に所属していた時期があった。辞めた理由は、会長がやたら私に絡んできたことによって、激しく嫉妬した一部の女子から攻撃を受けたからだ。攻撃は間接的で身体的危険はなかったけれど、このままではヤバいと私は思った。
それを経て、先ほどの教訓を学ぶことになったのである。
会長自身も、自分が原因だと理解しているのだろう。だから人前では私に話しかけてこないし、目も合わせない。
それなのにだ。人気のない場所で私を見つけると、必ずちょっかいを出してくる。
「すまない。キミを見ると、ついやってしまうんだ」
「変態みたいなこと真顔で言わないでください。誰かに見られて勘違いされたらどうするんですか」
「勘違いしているとすれば、キミもだと思うのだが」
「……は? どういう意味ですか?」
「なぜ私がキミにちょっかいを出すのか。理由は至ってシンプルだ」
「揶揄い甲斐があるからですよね?」
「それもある」
「あるんですか……」
口角をひくりと痙攣させる私を見て、会長はふっと口元を緩めた。
「理由があるとすれば、そういう仕草だな」
「?」
「好意だ」
「……コウイ?」
「私がキミにちょっかいを出すのは、小学生が好きな子をイジメたくなる心理と同じ。つまり、好きということだ」
「好き!?」
声を上ずらせると、会長は額に手を当てて大げさにため息を吐いた。
「想像したとおりのリアクションだな……」
「だ、だって! 今までそんな素振り……」
「本当に、なかったと思うか?」
「……うっ」
ないとは言えない。そのシグナルに気付かないフリ、見てみないフリをしていた。だって、認めたら絶対に面倒なことになる。
それにはっきりと「付き合ってくれ」と言われたわけじゃない。99%そうだとしても1%違うかもしれない。違ったら、ただの痛い人でしょ。
「好意を寄せている相手に避けられるのは、なかなか辛いものだよ」
「うぅ……」
いつもの自信に満ちた彼が見せる寂しげな表情と声が胸に突き刺さる。
「キミが私を避ける理由は理解している。だからといって、いつまでも勘違いという言葉で逃げられては困る」
会長は真っ直ぐ私を見つめた。
「付き合ってほしい」
「ほ、本気ですか……?」
「本気だ」
迷いのない声。
「でも……。私なんか、会長と釣り合わないですよ……」
「周囲の評価など関係ない。私はキミに聞いているんだ、千鳥」
名前を呼ばれて、どくんと鼓動が大きく鳴る。
会長の指先が、そっと私の頬に触れる。真剣な眼差しに射抜かれて逃げられなくなる。眼鏡の奥の瞳に、自分の顔が映っている。
え……。もしかしてこのままキスしちゃうのかな?? なんだか目が回ってきた。こういう時ってどうすればいいの???
頭が真っ白になる。会長の顔がゆっくり近づいてきて――、
「白城さん、新刊購入希望のアンケートって……」
書架の角を曲がって現れたのは、同じ図書委員の女子生徒だった。私たちの姿を見てぴたりと動きを止めた彼女の手から、プリントされた用紙の束がバサッと落ちた。
「あ……」
目を丸くした彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
「じゃ、邪魔してごめんなさい……っ!」
そう言うなり逃げるように踵を返して去っていってしまった。
「良い返事を待っている」
何事もなかったようにさらりと言い残して会長も立ち去り、一人残された私は腰から力が抜けて、その場にへたり込む。
「あぅ~~……」
まずい……。変な噂が立つ前に誤解を解かなくちゃ。いや、告白された時点で誤解でもなんでもない気がするけど、そういう問題じゃない。
この学校には本人非公認のファンクラブがいくつか存在する。もし、さっきの彼女がそのうちの一つ《朱雀同盟》のメンバーだったらえらいことになる。
生徒会を辞めることで収まった嫉妬の業火が、再燃するのは火を見るより明らかだ。
ちなみに《朱雀同盟》とは、〝誰も朱雀会長に告白しない、させない〟という不可侵条約を掲げた集団であり、誰か一人が抜け駆けして会長を独り占めできないように監視しているのである。
「はぁ……」
深いため息を吐いた私の頭に妙な感覚がよぎった。
ん? それにしてもなんだろこの感覚……、デジャヴ? そういえば夢の中でもこんなシーンがあったような、なかったような?




