83 私は白城千鳥、女子高生である
お待たせしました! いつも元気に自転車操業の堂道です。本日より四章後編がはじましますm(_ _)m 時系列的に第四章【悪夢】62話の続きです。
「おはよー、ちーちゃん」
声に振り向くと、いつもの笑顔。幼なじみのなっちんが手を振っていた。
「おはよう、なっちん」
「ねぇ聞いた? 今年のスポーツ大会、伝統のクラス対抗リレーが復活するらしいよ」
「え、それって全員参加ってやつの? いやだなぁ、絶対走りたくないんだけど。ねぇ……ところで、なっちんはさぁ」
「んー?」
「現実みたいな夢って見たことある? 朝起きて、『あ、夢か』ってなるやつ」
「あー、あるよ。結構あるかもね」
「ほんと? どんな夢?」
「ハリウッドセレブになる夢とか、実は石油王が許嫁だったとか」
「すごい俗物感……」
思わずジト目になる私に、なっちんはケラケラ笑った。
「で? どんな夢見たの?」
「え?」
「いや、今の流れ的に聞くでしょ普通」
「う……」
言葉に詰まる。あの夢を語るなんて普通に無理。恥ずかしくて死んでしまう。
「……ちょっと言えない」
「えー、気になるじゃん」
「言えない、絶対言えない……。思い出しただけで自己嫌悪が……」
「白馬に乗った王子様が現れる的な?」
「うぅぅっ……、近からず遠からず……」
「誰だって一度は夢見るんじゃないの、それくらい? ま、すぐに忘れるって。夢なんてさ」
「……そうだね」
実際、もう輪郭がぼやけ始めている。さっきまであんなに鮮明だったのに。
彼の手の温もりとか、声の響きとか――。って彼って誰だっけ……。
◇◇◇
騒がしい朝の教室の光景に、私はなぜか懐かしさを覚えた。
登校したばかりの生徒たちが、友達同士で机を囲みながら談笑して、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
部活の朝練を終えたジャージ姿の男子にスマホで自撮りしながらメイクを気にする女子、菓子パンを頬張っている男子。黒板には今日の日直が書かれていて、開け放たれた窓のカーテンが風で揺れている。
いつもと変わらない景色のはずなのに、なぜか涙が出そうになった。
「おはよー」
「おはー」
挨拶を交わし合う同級生たちに小さく会釈しながら、そそくさと自分の席へ向かった私は、鞄を机に掛けて席に着く。
「白城さん、おはよう!」
左隣の席に座る男子生徒が、軽く手を挙げながら声を掛けてきた。
「おはようございます……」
「相変わらず固いなぁ。俺たち同級生っしょ?」
彼は人懐っこい笑みを浮かべる。
少し明るめの茶髪に、制服も微妙に着崩していて、いかにも陽キャという感じの彼は、毎朝こうして話しかけてくる。授業中も休み時間も、なにかと私に絡んでくるのだ。
ノリが軽くて距離感が近い。正直に言えば苦手なタイプ。変な夢を見たせいか頭がぼんやりしていて、彼の名前が出てこない。
「そう……ですね」
「うはー、今日いつにも増して他人行儀なんですけど」
彼は大げさに肩をすくめてみせた。なぜか嬉しそうだ。
「ていうか白城さん、顔色悪くない? 大丈夫? 保健室いく? 俺付き添おうか?」
「ダイジョウブデース」
「なんで片言? ウケる」
そう言って彼はケラケラ笑う。
うう……。
周囲の視線が痛い。刺さる。めちゃくちゃ刺さりますよぅ。
彼はクラスでもそこそこ人気者で、女子からの評判も悪くないどころか大変よろしい。そんな彼に構ってもらっている私のことを面白く思わない女子が一定数いるのだ。
もちろん私は彼に特別な感情なんてない。でも、そんなことは彼女たちには関係ない。彼に構ってもらってムカつく、彼に冷たい態度をとっているからムカつく、どっちに転がろうとムカつかれるのである。
お願いだから放っておいてくださいと言えたら楽なのだけど、そんな勇気があるわけもなく。
「ちょっとあんた! いつもいつも私のちーちゃんに気安く話しかけないでよね!」
勢いよく割って入ってきたのは、右隣の席のなっちんだった。朝から元気が有り余っている彼女の声は、いつにも増して弾んで聞こえた。
「白城さんはお前のじゃないだろうが」
彼は心底怪訝そうな口ぶりでなっちんを牽制する。
「いいえ、私のものよ!」
「はあ? どこにそんなこと書いてあんだよ!」
「書いてあるもん! このあたりに!」
そう言って、なっちんは自分のお腹を指差した。
「小学生かお前は!」
「そーいうあんたもね!」
私を挟んでいつもの夫婦漫才が始まり、私は小さく息をつく。
実はこの二人、両想いっぽいのである。どうやら彼らは私をダシにして会話するきっかけを作っていると気付いたのは最近のこと。まだ本人たちに確かめたわけじゃないけど間違いない。
たぶんクラスで気が付いているのは私だけ。
外野から見れば、彼が気になっている私で、なっちんはその邪魔をしている構図に見える。私にだけ女子からのヘイトが集まっているのがなによりの証拠だ。
あまりに理不尽すぎではないだろうか。ま、それはそれとして、この二人、見ていて歯痒いのよね。下手な工作や牽制や探り合いは止めて、さっさと素直になってくっつけばいいのに。
教室がざわついたのは、そんなことを考えていたときだった。
廊下側の扉から一人の男子生徒が入ってきた。鋭い視線で教室を見回すその姿に、クラウディオの姿が脳裏によぎる。一人で勝手に恥ずかしくなった私は頭を振って妄想を掻き消した。
「え、赤桐くんじゃん……」
「なんでうちのクラスに?」
赤桐ハヤテの突然の登場にクラスの女子たちが小声で騒ぎ始め、誰かを探している様子の彼と私の目がピタッと合った瞬間、彼はこちらへ向かって歩き出した。
へ? うそ? もしかしてこっち来ている?
私の机の前で立ち止まったかと思ったら彼は腰を屈めて、覗き込むように私の顔を見つめてきた。至近距離で目を細めて私を見つめる。
「?????????????」
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされて思考停止する。訳が分からず固まる私は、否が応でもハヤテくんとじっと見つめ合う。
なになになに!? 近い近い近い!! 近いんですけど!?
「あんた……」
低い声が響く。
「オレと会ったことあるか?」
「はへ?」
どう意味だろう? 会ったことがあると言えば会ったことある。だって同じ学校に通っているのだから。
ポカンとする私に「質問を変える。オレと知り合いか?」と続けて訊ねられ、ぶんぶんと首を横に振ると、
「……そうか。邪魔したな」
そう言い残して踵を返し、何事もなかったように教室から去っていった。なんともいえない静寂が教室に残され、ハヤテくんを見送ったクラスメイトの視線が一斉に私に注がれる。
「……え?」
今のやりとりに説明を求めるような視線だ。だけど答えようがない。だって私と彼の間には本当になにもないのだ。
「え、えっと……」
何も分からない、ただそう答えればいいのに声が出ない。
「ちーちゃん……」
オロオロと緘黙する私の隣でなっちんが恐る恐る口を開いた。
「ハヤテくんと何かあったの?」
「え……? いや、その……分か――」
「お前たち席につけーい。ホームルームを始めるぞー」
『分からない』と答えようとしたタイミングで、タイミング悪く担当教師がやって来たのだった。
これからは日曜日と水曜日に更新する予定です。よろしくお願いいたします。




