81 モラトリアムに誘われて
話は変わるけど、フェルさんの方は進展があったみたいで、ノイックの体内からタリスマンが発見されたそうだ。
高い技術によって作られたそのタリスマンには、時限術式と回復阻害術式が組み込まれており、更なる詳細な解析を現在行っているとのこと。
もう疑いの余地はない。ナイトメアはこの学園のどこかに存在している。
学園の警備も強化され、衛士たちが二十四時間体制で巡回するようになったから、物理的な安全はある程度確保されたと思う。
それは良いとして、アルタイルのメンバーからそろそろ文句が出てくるかと思ったらそうでもなくて、みんなそれなりに楽しんでいるっぽい。
まるで任務を忘れているみたいで、彼らにとってこの時間は束の間の休息だったりするのかな。環境に馴染んできているせいなのか、平和ボケなのか、ふとした瞬間に「あれ? なんでここにいるんだっけ?」と、本来の目的をど忘れする瞬間がある。しかも一度だけでなく何度かあった。
やばいやばい、モラトリアムな空気に呑まれてしまっている。気を引き締めないと。私たちには国民を守る使命があるんだから!
そんなことを言っておきながら、私は今日も東屋でディアナと小鳥に餌をあげていた。
もちろん使命も重要だけど、今の私にとって生徒を笑顔にすることも大切な仕事なのだ。うーん、先生役も板についてきた気がする。やりがいあるし、楽しいし、なんだかんだ言って平和だし、なんかもうこのままでいい気がしてきたぞ。
あれ? ちょっと待って。無理にナイトメアを探さなくても、こっちの仕事の方が安全安心なんじゃ……。
「はうッ!?」
思わず声を出したせいで小鳥たちが一斉に羽ばたいて飛び去った。
「ど、どうしたの……先生?」
ディアナが驚いた顔でこちらを見上げる。
「すごいことに気付いてしまったの……」
「すごいこと?」
「このままずっと教師を続けた方が良いってこと……」
ディアナはぽかんと口を開けた。彼女からしたら何のことかさっぱりだろう。
ナイトメアなんか無理に探す必要はないんだ。だって給料は国務室からもらえるし、この任務に就いている間は、危険な現場に行くこともない。だったらなるべく長く続くようにしたほうがいいに決まっているじゃん!?
あっ、でもナイトメアが起動したら一巻の終わりかもしれないんだった。ああ~もう、結局探すしかないじゃん。
「先生?」
うぐぐ、と唇を噛む私にディアナが首をかしげる。
「ううん。なんでもないの。ずっとこの仕事ができたらいいなって思ったんだけど、やっぱりダメみたい」
「え……」
ディアナの表情が強張る。ぎゅっと紙袋を抱き締めた彼女の瞳が不安そうに揺れる。
「先生……もしかして、辞めちゃうの?」
「あ……えっとね」
私は言葉に詰まった。
「うん……今は臨時の先生みたいなものだから」
「やだ……」
耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうなほど、か細い声が彼女の口から漏れる。
「辞めちゃ、やだ……」
彼女の指が私のシャツの袖を掴む。その指は震えていた。
「……ありがとう、ディアナ。そう言ってくれるの、すごく嬉しい」
私が彼女の手に触れようとしたその瞬間、ディアナは弾かれたように手を離して私から距離を取った。
「あ……」
彼女は何かに怯えたような顔をしている。
「ディアナ?」
そして立ち上がった彼女は踵を返して走り出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
呼び止めても振り返らず、少女の背中は垣根の向こうへ消えてしまった。
私は東屋に一人取り残される。
沈みかけた夕陽が空を赤く染め、小鳥たちの鳴き声だけが静かに響いていた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
次回で【悪夢(前編)】を終える予定です。登場人物とのなんやかんやがあり思っていた以上に長くなってしまいました汗 引き続きよろしくお願いいたします。




