79 コンフュージョンと古典的表現
あまりにも軽い調子で言うものだから意味を咀嚼できず、脳が情報を遮断してしまった。それでも私はなんとか声を絞り出す。
「し、死んだ? 死んだって……ま、まさかフェルさん、殺しちゃったの……?」
『ちょっとちょっと、人聞きが悪いッスねぇ。自分のポリシーは〝生かさず殺さず〟ッスよ。まあ、そんなことは置いといて、どうやら口封じの魔術が発動したっぽいッス』
そんなサディスティックな言葉をポリシーにしている人なんて徳川家康かあなたくらいだ。いや、そんなことよりも――、
「口封じの魔術ってなに……?」
『ノイックが死ぬ直前に今回の核心に触れるようなことを発言したんスよ。そしたらそのタイミングで急に苦しみ出して、そのままぽっくり行っちゃったんス。すぐに回復魔術を施したんスけど、回復を阻害する強力な術式も掛けられていて助けられなかったッス』
「つまり……誰かに殺されたってこと? 逮捕されて尋問に掛けられることも想定されていたってこと?」
『間違いないッスね。一定の条件を満たすと発動する高位魔術で、こんなこと並みの魔導士にできる芸当じゃないッス。それでこそ国家魔導士級ッスね』
背筋にぞわりと悪寒が走り、私は思わず周囲を見回した。
「じゃあノイックは……」
言いかけた私のセリフをフェルさんが『ベガとの繋がりがより強くなったってことッス』と引き継いだ。
『ただ、黒幕がベガならヤツらは自分たちとの繋がりをわざわざ匂わすような真似をしたってことになるッスよ。だってこうなることは簡単に予想できたはずッスから。こっちの混乱だけを狙ったとしたら大掛かりなわりに計画が杜撰だし、なにか別の目的を隠そうとしているような気がするッス。そもそも組織の末端であるノイックにそんな重要な情報を握らせるなんて、ちょっと意味不明って感じッス』
フェルさんの言う通りだ。
立てこもり事件も今回の事件も、どこか試されているような感じがする。
誘き出そうとしている? 誰を? もしかして……、私たち? ベガに対抗するために結成された部隊、アルタイルの情報を得ようとしている?? それともそれこそ罠で目的は別にある? 敢えて完璧にやらないことで混乱させられている気もする……。
ああ、考えれば考えるほど分からなくなっていく。
「不気味ね……」
散々思考したあげく出てきた言葉がそれだけだった。
『不気味ッスね~』と軽い口調でフェルさんが返す。
「それで、ノイックは最後に何て言ったの?」
『〝扉を開ける鍵は常にお前たちにある〟とだけ』
「扉? 鍵?」
扉がナイトメアを指しているなら鍵は何? お前たちにあるってどういう意味? お前たちはアルタイル? それともシュヴァルニ学園の人たち??
『というわけで、自分はこれからノイックの体を解剖して魔術の痕跡を調べるッス』
「そ、そう……。がんばってね……」
『あとクリス団長が警備の衛士を増やすって言ってたから、みんなにも共有お願いするッス』
「了解しました」
『それじゃ、チドリ司令も気を付けるッスよ』
そして通信が途切れて、辺りに静寂が戻る。
扉と鍵。ノイックの死によって何か巨大な歯車が動き始めているような気がした。
不穏な空気を感じつつも歩き出した私は、ふとアルゼリッシュガーデンの方へ視線を向ける。
点灯したばかりの淡いガス灯の光に照らされる庭園はとても幻想的で、とても事件の真っただ中にある現場とは思えない。
その片隅にある東屋で、ひとりの女生徒が小鳥たちと戯れていた。あの艶のある黒髪はディアナに間違いない。
優しく微笑みながら小鳥を掌や肩に乗せる彼女は、昼間の暗く俯いた姿とはまるで別人だ。
あれが彼女の本当の顔で姿なのだろう。
周囲に馴染めないだとか、みんなと仲良くできないんじゃなくて、そうしないだけ。理由は分からないけれど、彼女はみんなと距離を置いている。
できればなにか力になってあげたい。一度しかない学園生活なんだ。笑って過ごしてほしい。少しずつでもいいから、彼女と仲良くなれるきっかけがあれば……。
「あ、そうだ」
そのとき、私の脳内で電球がぴこんと点灯した。




