76 みがまえる
シュヴァルニ学園の図書館は、想像していたよりも遥かに大きかった。中央ロビーは吹き抜けになっていて天井はガラス張り、四層にもなる階のすべてに書架が規則正しく並んでいる。
ロビーに設置された自習用のテーブルでは、生徒たちが静かに本を読んでいて、紙をめくる乾いた音と小さな囁き声が混ざり合い、独特の静謐を作り出していた。
ゆるやかな時間の流れを感じながら私は案内板を頼りに、歴史書の書架が並ぶ区画へ向かう。
三階の角にある歴史・地理専門のエリアに人影はなかった。
他の区画に比べてさらに静かで、窓から届く光も弱くて頼りない。けれど不気味という雰囲気はなくて、どこか落ち着く。
古い紙と革表紙の匂い、まるで眠っているような本に囲まれた空間、年月が積み重なったような不思議な気配がして心地よい。
私は本棚の前をゆっくり歩きながら、指先で背表紙をなぞっていく。
「ライノス、ライノス……。ライノス、ライノス……って、ないじゃん」
思わず小声で呟いた。
もう一度、今度は反対側から書架をなぞっていく。さらにもう一度、さらにゆっくりなぞる。でもライノスに関する本は一冊も見当たらない。
ナイトメアとセットでそこそこ有名な国なのかと思っていたけど、どうやら違うようだ。
仕方なく私は近くにあった分厚い世界史の書籍を抱えて、立ったままぱらぱらとページを捲っていくと、奇跡的にライノスという文字を見つけた。
「えーと……なになに」
指で文章を追いながら読み上げる。
「ライノスは西方大陸南部に存在した国家であり、自らが開発した兵器によって滅びたとされる。その歴史については、僅かな伝承が残るのみであり、詳細は不明――」
私は眉をひそめた。
「え……、これだけ?」
王さまの名前も、文化も、民衆の暮らしも、何も書かれていない。まるで意図的に歴史から削り取られているみたいだ。
本を閉じて棚に戻した私は、その上段にある別の本へ手を伸ばしてつま先立ちになる。
「うぅ……あと少し……」
掴めた!
「わわっ!?」
本を引き抜くと同時にバランスを崩して身体が後ろに傾いていく。
倒れる――、そう思った直後、誰かが背中を支えてくれた。同時に私の顔面目掛けて落ちてきた本を頭上から伸びた腕が掴み取る。
「危ないところでしたね」
甘い声が耳元で響く。
振り返るとエドガーの顔があった。右腕で私の背中を支えたまま、反対の手には私が取ろうとしていた本を持っている。
「タ、タイチョー!?」
「お静かに」
そう指摘されて咄嗟に自分の手で口を塞いだ私は慌てて身をひるがえし、彼から距離を取った。
射撃訓練場で頬を叩いたあの日以来、エドガーからの過度な接触はなくなったとはいえ、私は完全に気を許していない。
なるべく個室や人気のない場所では、二人きりにならないようにしていたし、表面上は大人しくしているだけで、仕返しするタイミングを見計らっているのではないかと、びくびくしていた。
「な、なにか分かりましたか?」
平静を装って問いかける。
「いえ、まだ。しかし先ほど妙な気配を感じました」
「妙な気配?」
「魔力由来の独特な気配でしたが、……生き物のような、不自然な気配です」
彼は顎に触れて目を細める。
「私はそれほど魔力値が高い方ではなく一瞬で消えてしまったため、その気配が魔力によるものなのか定かではありません。生徒たちにも確認したところ、同様の気配を感じ取ったそうです」
「そ、そうですか。もしかしたらナイトメアに繋がる可能性があるかもですね」
努めて冷静を装い、私が胸の前で腕をクロスさせてガードを固めてみせると、エドガーは小さく息を吐いた。




