75 異国の少女
「ディアナ?」
名前を呼ぶと彼女は目を合わせないまま、こくりと小さく頷いた。長い前髪の隙間から覗く異国風の整った顔立ちを夕日が照らす。
「良かった、来てくれたのね」
ディアナはまた小さく頷いた。
「こっち来て座って。いまスプーンを用意するから」
警戒する小動物のように姿を現した彼女は、遠慮がちに椅子へ腰を下ろし、差し出されたプリンをじっと見つめる。スプーンを手渡すと、ガラス容器の中でぷるぷると揺れるプリンに恐る恐るスプーンを差し込んで掬って口に含んだ。
その瞬間、彼女の頬が緩み、瞳がほんの少し丸くなる。
「どう? 自分で作ったプリンは」
「すごく美味しい……です」
耳を澄ましていないと霞んで消えてしまいそうな小さな声。でもその言葉には、ちゃんと感情が込められていた。
ほっと胸を撫で下ろした私は、彼女の横顔を見つめる。
褐色の肌に艶やかな黒髪。この国の人たちと少し異なるエキゾチックな顔立ち……というか、髪めちゃくちゃ綺麗だな。さらさらつやつやで羨ましい。シャンプー何使ってるんだろ。
そんなことを考えながらディアナを見つめていると、不意に彼女の手が止まった。スプーンを持ったまま俯いてしまう。
「変……ですよね」
「え?」
「私の肌とか……、顔とか……」
「あっ、違う違う!」
私は慌てて両手を振った。
「髪が綺麗だなって思っただけ! 珍しいって思ったのは確かだけど、それを言ったら私もこの国じゃレアキャラだし、人のこと言えないんだけど。だから変とかじゃなくてディアナに親近感を覚えただけなの」
「親近感?」
「うん」
私は彼女の隣の椅子に腰掛ける。
「私もこの世界、このアゼリオンに来たときは色々あって一人でいることが多かったから。……余計なお世話かもしれないけど、みんなと馴染めていないみたいだから少し気になってね」
「……」
「もちろん、言いたくなかったら無理に話さなくていいのよ」
しばらく沈黙した後、「……交換留学で、この国に来たから……」とディアナは呟いた。
だからまだ馴染めていない、という意味なのだろう。
「そうなんだ、交換留学制度なんてあるんだね。どこの国から来たの?」
私はなるべく重くならないよう、軽い口調で話題の方向を変える。
「……リタニアスです」
一呼吸置いて、彼女は答えた。
リタニアスって聞いたことがある。確か、この国と友好関係にある国だったような。
「じゃあ今は寮生活?」
「はい……」
質問攻めになってしまうのは良くない。けれど、知らない国へ一人で来る不安は相当なものだ。異世界へ召喚された私には、その気持ちがよく分かる。
だからこそ少しでも彼女の力になってあげたい。彼女の居場所を作ってあげたい。
「ねぇ、時間あったら放課後ここに来ない?」
「……え?」
ディアナが驚いたように顔を上げる。長い前髪の隙間から覗く、くりくりした黒い瞳で私を見つめる。
「ほら、見本用とか失敗した生徒用に多めに作るから料理余っちゃうの。捨てちゃうのももったいないでしょ?」
「で、でも……」
「もちろん嫌なら無理しなくていいからね?」
すると彼女は慌てたように首を振った。
「い、嫌じゃ……ない、です」
「そっか」
私は微笑み、自分用のプリンを冷蔵庫から取り出して彼女の前に置いた。
「じゃあ、さっそく私の分も食べてくれない?」
「先生は……食べないんですか?」
「先生はもう食べたから」
本当は食べていない。けどチーフの家でちゃんとした食生活を送っているせいで、ちょっとお腹周りが危険なのです。とは、もちろん言えない。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
私は空になったガラス容器と新しいプリンを入れ替える。ディアナは再びプリンを口へ運び、初めて彼女の口元に小さな笑みが零れた。




