72 ゞ
私は咄嗟にしゃがんで窓の下に隠れた。隠れる必要なんてなにもないのに、なぜか体が勝手に動いていた。
なに……今の? 夢? 幻? まさか私に向かって微笑んだの?? あいつが???
ただ目が合っただけなのに顔が熱い、胸が苦しい。心臓がうるさい、胸のドキドキが止まらない!?
こんなのって……、こんな気持ちって……、まるで私があいつのことを――。
ちょっと待って! 今のは不意打ちがズルいだけなの!! あんなのはズル! そうよ! だから落ち着いて、落ち着くのよ私!
私は自分の胸元を押さえて言い聞かせる。
もう一度そっと窓から顔をのぞかせてみると、クラウディオは何事もなかったかのように生徒の相手をしていた。
「はぁ……」
自分だけ意識しているみたいでバカみたい。けれど、いつもあんな風に笑っていればいいのに。
そして、午前の授業が終わって昼休みを迎える。家でこしらえてきたバゲットサンドで昼食を軽く済ませた頃、わらわらと生徒たちが調理実習室にやってきた。
目的は冷蔵庫で冷やしてある授業で作った自分のプリンだ。
ガラスの器を手に取り、スプーンで掬いあげたプリンをひと口食べた途端、ぱっと表情が明るくなる。そんな光景が、あちこちで見られる。
ほとんどの生徒は自分で料理するのが初めてだったはずだ。きっと家ではもっと良い物を食べているのだろうけど、みんな笑顔で美味しそうに食べている。
喜んでいる姿を見ると嬉しくなる。心が温かくなってくる。
以前チーフが言っていたとおり、〝料理は魔法〟なんだな。
「なぁ、エリザ先生って彼氏いるの?」
不意に男子生徒の一人がそんなことを言った。
「……」
「おーい、エリザ先生?」
「あ! 私がエリザです!?」
「変なの。ボーっとしちゃってさ」
いけないいけない、とっさに偽名に反応できなかった。気を付けなくちゃ!
「えっと、彼氏がいるかって? さて、どっちでしょう!」
誤魔化すように私は不慣れなウインクをしてみたりする。
「いない!」
「即答かよ」
ちょっとした漫才みたいなやりとりに笑いが起こった。
やれやれと椅子から腰を上げた私は、片付けをしながら冷蔵庫の中を確認すると、プリンが二つ余っていた。一つは私が見本で作った自分の分と、もう一つは――。
「あれ? 一つ余ってるけど、まだ食べてない子いる?」
「あー……、たぶんディアナだよ」
女子生徒の一人が答えた。
「あ、もしかしてその子、卵アレルギーだったり?」
配慮が欠けていたことに気付いた私は額に手を当てる。
「そうじゃなくて……。なんていうか、ねぇ?」
彼女は隣の少女と顔を見合わせて、くすっと笑う。
「あの子、ちっとも笑わないし、なんか暗いんですよね。一人が好きみたいで昼休みは、いつも一人でいて、誰ともしゃべらないし。だからきっと来ないですよ」
あー、確かに授業中ずっとうつむいていた女の子がいたような……。褐色の肌をした異国風の少女だった気がする。
「そう……、無理に食べさせる訳にもいかないし、放課後まで待って来なかったら処分するしかないかぁ」
「俺が食べようか?」
「まだ来ないと決まった訳じゃないでしょ、食いしん坊さんね」
少年はしししっと歯を見せて笑う。
「じゃあ先生、ちょっと職員室に行ってくるから使った食器は自分たちで洗っておいてね」
はーいと元気な返事が返ってきた。
素直な子たちばっかりで安心した。正直、もっと扱いづらいかと思っていた。だってお金持ちの子どもだから、もっと憎たらしくてスれているかと思っていた。逆に礼儀作法をしっかり学んでいるからなのかな、それとも異世界だから?
うーん、ま、んなことは考えても仕方ないか。
さて、ようやくナイトメアの捜査が出来る訳だけど、とりあえずエドガーに接触して何か分かったか聞こうかな。
そう考えながら、私は調理実習室を後にした。




