64 沈黙もくもく
「今のメンバー選定は、国務室からのトップダウンだったみたいです」
「ふむー……」
カップの中の紅茶を見つめながら考える。
国務室が決めたとなると、余計に妙だ……。もっと扱いやすい騎士なんて、他にいくらでもいるはず。それなのに、どうしてわざわざ問題児ばかり集めるような編成にしたのか。自分たちの首を絞めてない?
違和感が波紋のように胸の奥から広がる。
「なにか理由があるのかな? 共通点とか」
「共通点……。みんな全然違う気がしますけど、なぜ今のメンバーが選ばれたのか僕にも分かりません」
ノエルくんは一度言葉を切り、少しだけ肩の力を抜いた。
「ただ、新設部隊に抜擢されたのは素直に嬉しいです。あいつと一緒だということを除けば」
「あー……」
苦笑する彼を見ながら私も一緒に苦笑する。
「前から思ってたんだけど、クラウディオとなにかあったの?」
話題に上がった流れで軽く聞いたつもりだったけれど、
「それは……」
彼は言葉を詰まらせた。視線を逸らすように揺れる。
「あ、別に言いたくないなら無理しなくていいからね。なしなし、今の質問はなし!」
余計な一言だったと、すぐに私は手をひらひらと振って大げさに取り消した。すると、彼はほっとしたように息を吐いた。
「ところであいつに、意地悪されていませんか?」
真剣な顔でそう問われた私はきょとんとした後、くすりと笑ってしまった。
「あー……、どうだろ。まあ、割と助けてもらってる……かな?」
曖昧な答えだけど、なぜか一番しっくりくる気がする。
意外だと言いたげな、そんな微妙な笑みをノエルくんは浮かべた。
「それを聞いて安心しました。だけど、なんだか複雑な気分ですね」
えっと……、どういう意味なのかな? 実はイジメられていて欲しかったってこと? いやいや、ノエルくんに限ってそんなことを考えるはずがない。
「それにしても一代限りの伯爵とは、かなり強引な手を使いましたね。国務室がそこまでする理由が分かりません」
「ほんとそれ」私は思わず即答する。
「でも在任中は、お給料だけじゃなくて貴族特権も使えるらしいの」
そこまで言って、ふと思い出す。
「あっ!」
「どうしたんですか?」
「忘れてた! 給料、振り込まれてるか確認しなきゃ!」
完全に頭から抜けていた。というか、そんな余裕なかった。配属されてから仕事に振り回されっぱなしで、それどころじゃなかったし。
「では銀行に行ってみましょう。ここから歩いて向かえば、ちょうど窓口が開く時間です」
「うん、そうする!」
◇◇◇
カフェを出た後、さっそく銀行にやってきた私は自分の口座を確認して固まった。結論から言うと、約束通り国務室から給料が振り込まれていたのだけど、
「ど、どどど……どうしよう……」
帳簿に記された金額は、目を疑うほどの数字だった。
王宮で働いていたときの五倍はあるじゃん!?
「本当にもらっていいのかなぁ……」
狼狽する私にノエルくんは優しく微笑む。
「チドリさんが働いて得た対価です。堂々と使えばいいんですよ」
「そ、そうだよね……とりあえずチーフに家賃と食費を払わなきゃ」
想定を超える大金を得たことに動揺しながら、私は真っ先に思い付いた使い道を口にする。
「他になにか買いたい物とか、やりたいことはないんですか?」
「どうしよう、いっぱいありすぎて逆に思い付かない……」
「あはは。ありすぎると決められなくて困りますよね。じゃあ、歌劇とかどうですか? 今やっている演目が話題になっているみたいですよ」
「歌劇?」
そう、この国の最大の娯楽といえば歌劇だ。人気がある故にチケットは高額であり、高倍率の抽選でゲットするか、伝手がなければ庶民はまず予約が取れない。
元の世界で何度も推しのライブに足を運んでいた私は、こっちの世界の歌劇にも行ってみたかった。噂によると凄く面白いらしい。華やかな舞台、豪華な衣装と音楽、きらびやかな光景が頭の中に浮かぶ。もう一度あの体験を味わいたい!
「それいい! 行ってみたい! けど……、人気すぎて全然チケット取れないってリリアから聞いたけど……」
「それこそ貴族の特権を使うべきです」
さらりと返ってきた言葉に、私は思わず瞬きをする。
「貴族なら優先してチケットを取ることができますから」
「へぇ、そうなんだ」
感心しつつも、なんかずるしてるみたいで胸の奥がむずがゆくなるのは、私が生粋の庶民だからだろう。
「僕が予約しておきますよ」
「ホント? ありがとう!」
思わず声が弾み、そのままの勢いでノエルくんの手をぎゅっと握りしめたそのとき――、
彼は私の顔をじっと見つめながら「……可愛い」と呟いた。
「え?」
今、可愛いって? 私のこと? 聞き間違いかな?
「い、いえ、その……」
咄嗟に視線を逸らした彼の頬がみるみる赤く染まっていく。耳の先まで真っ赤になって、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
どうやら聞き違いではないようだ。彼はこんな私のことを可愛いと言ってくれた、だとしても……。
いやいやいや! あなたの方がカワイイですから!!
心の中でツッコミを入れると同時に握ったままの手に意識が戻り、慌てて離す。
「……」
「……」
私たちの間になんとも言えない微妙な空気が流れる。互いに視線を微かに逸らす。どこかこそばゆい甘い沈黙。まるで淡い青春の一ページのように――。




