63 ゆうきゅう!
時系列が三章の終わりからに戻ります。
有給休暇――、なんて素晴らしき響きなのでしょう!
事件解決を騎士団本部にて報告した私たちアルタイルのメンバーは、クリス団長から二日間の休暇が与えられた。
待ってました日常回!! 戦いの後の日常回は鉄板、そして常識なのよ!
嬉しさのあまり、ひゃほーいと思わず小躍りしそうになってしまう。
ああ、有給ってなんて素敵な響きなの(二回目)。まさかこの世界にも有給休暇制度があるなんて、夢にも思わなかった。
だって王宮食堂で働いていたときは、そんな言葉一度も聞かなかったし誰も口にしなかった。
……あ、そっか。クリス団長が私と同じ転移者だから、彼女が制度を作ったのかも。
控えめにいってもクリス団長は神! 神なのよ!
「大活躍だな」
カティアちゃんが淹れてくれた紅茶の香りが漂う朝の食卓、チーフが新聞を広げたまま呟いた。そのセリフが私を現実に引き戻す。
「へ? 大活躍? 誰がですか?」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「騎士団のアルタイルだ。初任務で功績を上げるなんて大したものだ」
チーフは紙面から目を離さず、淡々と続ける。カップを持ち上げて一口、紅茶を含む。
心音がドクンと大きく跳ねた。
ま、まさか私がアルタイルだってバレてる……? そんな馬鹿な!? 普段の言動には注意を払っていたし問題はなかった……。それともシュヴァルニ学園の近くにチーフがいたとか!? 馬に乗って素顔で移動していたし、ありえる!!?
「え? えーと……わ、私は別に活躍なんてしてませんよ?」
とりあえず、当たり障りのない返事で茶化して誤魔化してみると、チーフは紙面から視線を外して私を見る。
「何を言っているんだ? 今日の一面の話だ」
「あ。ああ……、そうなんですねぇ。騎士団のアルタイルですか? 初耳もいい所ですねぇ、私って世間に疎くてダメですねぇ。は、ははは……」
乾いた笑いが口から漏れる。内心では全力で安堵していた。
よ、よかった……。バレてないっぽい……。
「料理ばかりじゃなくて、もっと世間に関心を持った方がいいぞ」
「は、はい……」
「しかし変なクスリが出回っているようだな。こんなヤツが教師なんて世も末だ」
「で、ですねぇ……」
なんとか話題を流そうとするが、相槌しかできない。
この世界にインスタントなカメラがなくて本当に良かった。もし私の顔が紙面に載っていたら、言い逃れはできなかった。
――そのとき、不意に玄関のドアがノックされた。
「あっ! 誰か来たみたいです! こんな朝から誰だろ!」
私は椅子から立ち上がり、ほとんど逃げるように玄関へ向かう。ドアを開けると、そこに立っていたのはノエルくんだった。
私と目が合うと同時に、彼の表情がぱっと明るくなる。
「おはようございます」
爽やかな声。シャツにズボンというラフな私服姿なのに、どこか品がある。
「ノエルくん、どうしたの? なにかあった?」
ま、まさかの休日出勤かはっ!?
頭の中に恐ろしすぎる単語がよぎる。
「朝早くにすみません。その……昨日のこととか、なんでチドリさんがとか、色々と気になってしまって」
彼は声を落とし、言葉を選ぶように続けた。
「ずっと落ち着かなくて。それならもう本人に聞いた方が早いかなと思いまして」
確かに昨日はろくな説明もせずに解散してしまった。きっともやもやした夜を過ごしたのだろう。
「あー……まあ、そうだよね。じゃあどこかお店に行って話そう。ちょっと待ってて、準備するから」
「分かりました」
急いで部屋に戻った私は、部屋着から外出用の服へと着替えて、鏡の前で軽く髪を整える。
二人で水路通りと呼ばれるおしゃれな飲食店が立ち並ぶエリアに向かい、朝からオープンしているカフェに入った。そこはモーニングセットが安くて美味しい私のお気に入りのお店である。
木目調の落ち着いた店内に、窓から差し込む陽光がそそぐ。
運ばれてきた紅茶の湯気を見つめながら、私はこれまでの経緯をかくかくしかじかと説明していく。
ノエルくんは国務室の横暴に眉をひそめたり、私の奮闘に驚いたり、時折苦笑したりしていたけれど話が終わる頃には、その表情は明らかに心配の色を帯びていた。国務室に司令官を変えるように進言するとまで言ってくれた。
「でも、私やるって決めたから」
そう告げると、彼は一瞬言葉を呑み込み、
「……そうですか。チドリさんがそう言うなら」
「そういう訳で、フェルさんやタイチョーには、私がただの料理人だってことは内緒になってるから」
とは言ったものの、フェルさんにはバレているし、エドガーも察しているはず。それでも念のためそう言っておいた方が無難だ。
「分かりました。協力します」
「ありがとう。味方ができたみたいで嬉しい」
思わず笑みがこぼれる。ノエルくんも、つられるように微笑んだ。
「でもクラウディオとノエルくんがアルタイルに抜擢されるなんて奇遇よね」
紅茶のカップを両手で包みながら、私は呟いた。
窓の外では人通りが増え始め、街がゆっくりと目を覚ましていく。




