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私が騎士団の司令官ってなんですか!? ~聖女じゃなかった私は得意の料理で騎士たちの心を掴んだら食堂の聖女様と呼ばれていたのです~  作者: 堂道廻
第三章【初陣】

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59 鈴音

『愛し合っているのでしたら、その子を離してあげてはいかがですか? 縛ったままでは可哀想です』

 

 クラウディオは、あくまで穏やかな口調を崩さずに言った。


『五月蠅い! お、お前は僕に言われた通りにしろ!』


 男が怒鳴る。血走った目がぎらりと光り、口元には泡が浮かんでいる。次の瞬間、彼は手にしたタクトを振り上げ、苛立ちをぶつけるようにピアノに叩きつけた。


 ――バンッ!


 鈍い衝撃音が室内に響き、クラウディオの視界がびくりと揺れる。


 だが、火花は散らなかった。


 一瞬の静寂。クラウディオが、ほんのわずかに息を吐く。


 同時に、私は思わず大きく息を吐き出していた。張り詰めた肺から空気が一気に抜けていく。


 控えめに言って終わったと思った。心臓がバクバク脈を打ち、血液が全身を駆け巡る。冷たい汗がうなじに滴り、指先が震えている。


 アドレナリンがばんばん出まくっている。犯人と対峙しているクラウディオの心拍数は過去最高値を記録しているに違いない。


 それでも彼は、何事もなかったかのように口を開いた。


『あなたがベガで、我々アルゼリオンの民を殺したいということは分かりました。他に要求は? 逃走するなら手を貸します。馬や資金を用意しましょう』


 その声にはわずかな揺らぎもない。


『嘘だな、逃走を手助けするなんて調子のいい事を……。お前は信用できない』男は疑いの目を向ける。タクトの先がわずかに震えている。


『それでも信用して頂きたい』


『そうだな……じゃあ、お前がそこの窓から飛び降りて死んだら信じてやるよ。さあ、どうする?』


 にやりと口元を歪めた男は、僅かに開くカーテンの隙間を指さした。


 ――言っていることが滅茶苦茶だ。こんなの、まともに交渉したところで意味がない。


『妙な動きをすれば火を付けるからな』


 男の視線が、ねっとりとクラウディオに絡みつく。クラウディオはその視線から目を外し、ゆっくりと窓へ向かって歩き出した。


 一歩、また一歩。


 床を擦らないよう、衣擦れすら抑えるように、慎重に。


 この男に対して正気になれと正論で説得するのは難しい。意に沿わないことを言ったり口答えしようものなら、後先考えずに火を付けるだろう。


 椅子と机で組まれたバリケードの隙間を抜け、クラウディオは窓の前に辿り着いた。五十センチほどだけ開かれたカーテンの端に手を触れる。


『それ以上は開けるな!』


 鋭い怒声が飛ぶ。クラウディオは即座に手を離した。

 

 もとより彼がこれ以上開けることはないだろう。カーテンを引いた摩擦で静電気でも発生したら一巻のお終りだ。


『カーテンを開けずに窓だけ開けろ! だが全開にはするなよ、最小限だ』


 抵抗する意思がないことを示すため両手を上げたクラウディオは、窓の外に視線を移す。彼のメガネが校門外の指揮所にいる私の姿を捉えた。


 彼のメガネ越しに私と目が合う。

 私たちはアイコンタクトを交わした。次に、彼は視線がわずかに上へと滑る。


 校舎の外壁に張り付いているのはスパ〇ダーマンではない。

 屋上から垂れ下がるロープを握り、懸垂降下姿勢で待機するノエルの姿があった。


 クラウディオのメガネがノエルの姿を捉えると、彼は小さく頷いた。その眼は「いつでも突入できる」と語っている。


 でも、まだだ……。


 タイチョーたちの工作は完了していない。もう少し時間を稼ぐ必要がある。会話を伸ばして男の注意を引かなければならない。


『一つ、よろしいですか?』


 クラウディオが、ゆっくりと踵を返した。窓ガラスを背に再び男と向き合う。


『どうした? 早く飛び降りろよ』


『飛び降りる前に爆発しては困るので、そのタクトを床に置いてもらえますか?』


『ダメだ。こいつは離さない』


『ではガスを止めてもらえますか?』


『それもダメだ』


『なるほど……。あー、その、しかしなんですね、アルゼリオンの教師でもベガに入ることができるのですね』


 棒読みだ。ネタが尽きてあからさまに話題を引き延ばしているのが分かる。


『当たり前だろ!』


 が、男は喰いついた。


『ベガは誰でもなれる、どこにでもいる。教師だって会社員だって、自衛隊員だろうと衛士だろうとな!』


 さらに口調が加速していく。 


『僕の仲間はどこにでもいるんだ! 何食わぬ顔で社会に溶け込み、冥府へ還るその時を待っている! きっとお前らの中にも僕らの仲間は潜んでいるぞ! 恐怖しろ! 怯えろ! ひゃはははっ! ベガ最高! ベガ最高!! ベガ万歳!!!』


 男は腹を抱えて爆笑した。狂気に満ちた笑い声が音楽室に反響する。


(どんどん情緒が不安定になってきている。いつ火を付けてもおかしくない。もう少しのはず……。もう少しだけ時間を稼ぐ必要がある)


『もしかしたら、ベガはあなたの望むような組織ではないかもしれませんよ?』


『そんなはずがないじゃないか!』


 男は激昂した。


『絶対に最高に決まっている!』


(まずい!! クラウディオが地雷を踏んでしまった!?)


『秘書官さんよぉ……、お前さっきから五月蠅いんだよ。お前は早く死ねばいいんだ! ノロノロやるなよウスノロ! 早く死んでくれよ!』


 唾を飛ばしながら叫び、男がタクトを振り上げる。正にそのとき、


 リーン、リーン、リーン――。


 床に置かれたガス検知タリスマンから優しいベルの音が鳴り響いた。



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