57 三か月分
『こんな人相の悪い男が国務室の官僚なのかって、早々にバレなきゃいいけどな。言動にはせいぜい気を付けろ』
ノエルの皮肉めいた忠告に「ぬかせ」と間髪入れずにクラウディオが返した。
普段は誰に対しても柔らかく紳士的に振る舞うノエルが、クラウディオにだけは露骨に当たりが強い。
――ほんと、この二人……。ちゃんと連携できるよね?
不安もよぎったけど、すぐにその考えを振り払う。彼らは騎士でありアルタイルの隊員だ。任務となれば必ずやり遂げる。きっと少女を救い出してくれる。
『タイチョーからお前に渡せと預かっている物がある』
ノエルが腰のポーチから取り出したのは指輪だった。銀色の台座に淡く輝く石がはめ込まれている。
『致死性の攻撃を受けたときに一度だけ身代わりになってくれるタリスマンだ。お前の給料三か月分くらいの価値がある一品だ。無駄遣いするなよ』
クラウディオは指輪を受け取り、しげしげと眺めた後、
『給料の三か月分って……、マリッジリングかよ』
ボヤきながら薬指にはめた。
そして、先に階段を上がりかけたノエルだったが、思いとどまったように足を止める。振り返ると同時にピンポン玉くらいのガラス玉を放り投げた。
透明な球体がゆるやかな弧を描き、クラウディオの手に収まる。
『そいつも持っていけ』
『これは?』
『強い光を放つ発光玉だ。目くらましにはなる』
『……妙に親切だな。心を入れ替えてオレを敬うようになったのか?』
クラウディオが茶化すとノエルは一瞬だけ無言になり、それから深く息を吐いた。
『これがアルタイルの初陣なんだ。お前にヘマされたら僕たち、そしてチドリさんの汚点になる。しっかりやれ』
そう言い残して背を向ける。足音が遠ざかっていく。
『ふん、口の減らないヤツだ』
ノエルの姿が完全に見えなくなると、クラウディオは階段は再び歩き出す。階段を上りきり、四階の廊下へ。静まり返った校舎に、彼の足音だけがかすかに響く。
『魔素の気配が強くなってきている。ガスの濃度が上がってきている証拠だ。思っていたとおり、魔力由来のようだ』
独り言を呟くようにクラウディオが小声で言った。これは私とエドガーに対する現状報告なのだろう。
防毒タリスマンを身に付けたノエルと違ってクラウディオは素面のままだ。致死性の毒ガスを吸い込めば一発でアウト、だからといって兜で顔を覆ったまま犯人と接触する訳にはいかない。
こちらは無防備だと思わせる必要がある。リスクは承知の上だ。
音楽室の前で立ち止まったクラウディオは、ノエルから受け取ったタリスマンをズボンのポケットにねじ込み、呼吸を整えてから防音扉を二回ノックした。




