56 まごまご!
太陽が西へと傾き始めていた。
帰りが遅くなるとチーフが心配する。もっとも、今はクラウディオの実家の居酒屋で働いていることになっているから、多少遅くなっても大丈夫だと思うけど、できれば日が沈む前に事件を解決したい。
私は唇を引き結び、魔素兵器の到着を待った。
その間に、その間に、国務室の官僚として交渉役に回るクラウディオには装備を解き、貴族用の衣装へと着替えてもらう。
ほどなくして姿を現した彼に、思わず視線が止まった。
仕立ての良い上着に、装飾の施された襟元。深い色合いの布地が彼の長身を際立たせ、無造作だった髪の毛も見事に整っている。
いや、似合いすぎでしょ……マジワラエル。
私と同じ平民のはずなのに、どこか育ちの良さを感じさせる佇まいだった。
馬子にも衣裳か、よく似合ってらっしゃる。くっ……、イケメンはなにをしてもイケメンなのか。
「……なんだ?」
じろじろ見ていたのがバレたのか、クラウディオが怪訝そうに眉をひそめる。
「別に、中身も紳士になってくれたらいいなって思っただけ」
「ぐっ、お前……」
珍しく言葉に詰まり、クラウディオが表情を崩した。
なんとなく、してやったりの気分だ。ほんの少しだけ、緊張が和らぐ。
「司令、魔素兵器が届いたようです」
エドガーの声に、再び空気が緊張をはらむ。私はすぐに頷き、隊員たちを見回した。
「それでは救出作戦を開始します!」
「みんな、〝離れていても話せるくん〟は装着したッスか?」
フェルの問いに、全員が静かに頷いた。
「あと、イーグルはこのメガネを付けるッス」
「なぜだ?」
「イーグルは野蛮で直情的ッスからね、少しは知的に見えるための小道具ッス」
「ああ……、あん?」
ぴくり、とクラウディオのこめかみが引きつる。そのやりとりに思わずぷっと吹き出してしまった。
「イーグル、ホーク、配置に付け」
「「了解」」
短い返答と同時に、二人は動き出す。
貴族服に身を包んだクラウディオと黒い鎧を装備したノエル。対照的な二つの影が、校舎へと吸い込まれていった。
「行ったッスね」
フェルが東屋のテーブルに置かれた鞄から、薄いガラス板を取り出す。ノートサイズのガラス板で、表面はすりガラスのように曇っている。
「それはなに?」
「ふっふっふ、実はあのメガネは使ったばかりの試作品、〝離れていても見えるくん〟ッス」
また安直なネーミングを……。
「てことは、まさかそのガラス板に映像が投影されるの?」
「さすがチドリ司令! さっそく使い方を教えるから後でレビューしてほしいッス」
◇◇◇
校舎の外では、交渉を続けていた衛士が声を張り上げる。
国務室から派遣された交渉人を向かわせる、その言葉に反応するように、四階の窓のカーテンがわずかに揺れた。
隙間から覗いたのは、頬のこけた男の顔。
神経質そうな目をギョロリと動かした男は、すぐに窓から離れて音楽室の奥へ戻っていった。ガスが充満した部屋の中にいれば攻撃されないと高を括っているのか、カーテンは開けたままだ。
現場指揮所に残ったアルタイルのメンバーは、私ただひとり。クラウディオは正面から、エドガー、ノエル、フェルは裏手から校舎に向かった。
周囲では、衛士隊のおじ様たちが腕を組みながらこちらを監視していた。彼らは私の動向に目を光らせている。
新設部隊の実力を見定める意味もあるが、国務室からの命令といえ、現場の指揮権を新参者に委譲することに納得がいっていないご様子。
しかも、こんな小娘だしね……。
私は小さく息を吐き、フェルから受け取ったガラス板に触れた。指先でなぞると、曇った表面にゆらりと像が浮かび上がる。
――映った。
そこに映し出されたのは、学園の昇降口。
武装していないことを強調するため、クラウディオは敢えて容疑者から見えるように昇降口から校舎に入り、音楽室に向かって階段を上がっていく。
階段の踊り場で、裏口から進入してきたノエルの姿を捉えた。
『イーグルからスワン。予定通りホークと合流した』
鼓膜に直接クラウディオの声が響く。
「了解しました。作戦を継続してください」
私はチョーカーに触れ、意識的に落ち着いた声を作って司令官っぽく応答する。言っていることはなんてことのない無難なセリフだ。
『気密性の高い音楽室を選ぶなんて意外と考えてやがる』
クラウディオの声がガラス板から聞こえてきた。〝離れていても見えるくん〟は、映像だけでなく音声も流れてくるようだ。
『ああ、油断するなよ』
ノエルはフルフェイスのような兜のバイザーをおろし、口元に取り付けられた筒状の装置、有害な気体を浄化するタリスマンに触れた。
プシュッ――、小さな音が鳴り、タリスマンが起動する。




