106 攻防
無謀にもゲンコツで挑もうとしたとき、私の肩に掛かったスクールバッグが勢いよく跳ねた。中からシュバッ!と飛び出してきた水色のぬいぐるみが宙を舞い、そのまま地面にシュタリと着地する。
ネコ型ロボット――ではなく、ぬいぐるみのくま太だ。
中身に詰まっているのが綿とは思えない滑らかな身のこなしで立ち上がると、埃を払うようにお腹をぱんぱんと叩いた。
『自分がなんの準備もなしに戦いに臨むとでも思ったッスか? 甘いッスよ!』
くま太、もといフェルナンドは胸を張る。短い腕を空へ向かって勢いよく伸ばした。異国の言葉で呪文を詠唱した瞬間、手の先に眩い光が集まり始める。光に当てられて黒い怪異たちが動きを止める。一瞬だけ怯んだように見えた。やがて強烈な光が膨れ上がり、一つの球となって空へ放たれた。
光の球はぐんぐんと高く打ち上がっていく。そしてパァンッ!と頭上で弾けた。無数の光が降り注ぎ、灰色に染まっていた世界を明るく照らし出す。
『司令、今ッス!』
眩い光を浴びた怪異たちの足元に、はっきりとした影が落ちている。
「がってん!」
私は反射的に目の前にいた怪異の影を踏みつける。バッグからピコピコハンマーを取り出して怪異の頭に思いきり振り下ろした。
ドゴォンッ!!
トラックが壁に衝突したような衝撃音が轟き、怪異の身体が地面へ叩きつけられてそのまま地面にめり込んだ。黒い身体が大きく揺らぎ、次の瞬間には霧のように崩れ、跡形もなく散っていく。
「……」
私はハンマーを握ったまま固まった。
やば……私のハンマー、強すぎ!?
その光景を目の当たりにした怪異たちが一斉に後ずさって私たちから距離を取った。明らかにこちらを警戒している。彼らにも意思があるようだ。仲間が倒されたことを認識している。
「すごい威力だけど、これって怪異に取り込まれた人も一緒にやられちゃうんじゃないの!」
『まあ、そこは夢の世界だから大丈夫なんじゃないッスかね?』
「そんないい加減な……!」
『さあ司令、次が来るッスよ!』
「ひぃぃぃっ!」
再び黒い怪異たちが一斉に向かってきた。私は情けない悲鳴を上げながら、無我夢中でピコピコハンマーを振り回す。
「来るなぁぁぁ! 近寄らないでぇぇぇ!」
右へ一発。左へ一発。中央に一発。さらに後方に一発。もはや戦闘というより壊れたオモチャが暴れ回っているような有様だ。
あれ? でもこれって……、なんかどこかで経験したことがあるかも? ああっ! 思い出した、ゲームセンターにあるワニワ〇パニックだわ!!
そんなどうでもいい事を考えながら私はハンマーを振り続ける。
デタラメな攻撃だけど、ピコピコハンマーは恐ろしいほどの威力を発揮した。黒い怪異たちが次々と吹き飛ばされ、黒い霧となって消えていく。自分が強くなったわけでもないのに、まるで無敵になったような錯覚に陥ってしまう。
「も、もしかして、このままいけば勝てるんじゃないの?」
『根本的な原因を取り除かないと解決しないッス。ほらほら、どんどん新しいのが出現しているッスよ』
「ええ??」
フェルナンドに言われて周囲を見る。
倒したはずの怪異が消えた場所から、また黒い霧が湧き上がっていた。それだけじゃない。地面のあちこちから、次々と新しい怪異が姿を現している。いくら倒しても終わらない。さらに空から降り注いでいた光が少しずつ弱くなっていることに気付いた。怪異たちの足元に落ちていた影がどんどん薄くなっている。
『術の効果が切れる前に、ディアナを連れて逃げるッスよ!』
「うん!」
私はディアナの手を掴んだ。彼女を引っ張り駆け出す。背後から黒い怪異たちが追ってきている。大人しく逃がしてくれる気はないようだ。
「逃げるって、この世界のどこに逃げればいいのよ!」
『司令の家ッス!』
「私の!? なんでよ!!」
自宅に逃げ込んで状況が良くなるとは思えない。
「そんなところで大丈夫なの!?」
『出る前に呪詛除けの結界を張っておいたから、しばらくは時間を稼げるはずッス!』
「さすがフェルさん!」
私たちは歩いてきた通学路を駆け抜ける。朝っぱらからランニングなんてしたことがない。しかも全力疾走だ。すぐに息が上がってしまった。黒い怪異がすぐそこまで迫っている気配がする。だけど後ろを振り返る余裕なんてない。
それでもなんとか追いつかれる前に自宅の門扉を走り抜けた私は、ディアナの手を引いたまま玄関へ飛び込み、勢いよくドアを閉める。すぐに鍵をかけてチェーンを掛けた。




