104 告白
『司令、今のは本気で危なかったッス! 通信手段は他にないんッスよ! 自分とのリンクが途切れたら一巻の終わりっス!!』
「まさかこんな威力だとは思わなかったのよ。って……キミ、この世界でも魔術が使えるの?」
『限定的ッスけどね』
そのときだった。
「千鳥! 今の音はなんなの!?」
廊下からお母さんの声が飛んできた。
「えっ?」
続いてドアノブが回る。
まずい!?
私は慌ててピコピコハンマーを背中へ隠す。くま太はその場にうつ伏せに倒れて動かなくなった。
「まあ! テーブルが壊れているじゃない!?」
ドアを開けたお母さんは壊れたテーブルを見て目を見開く。
「ちょ、ちょっと転んじゃって」
「どんな転び方したらテーブルが割れるのよ??」
「えーと……勢いよく肘からこんな感じで落ちたの」
私は転んだときの様子を、それっぽく再現してみせた。
「……怪我はしてない?」
「うん」
「そう……なら良かった。起きているなら早く準備しなさい。いつも遅いんだから」
「わ、わかった」
ドアが閉まり、お母さんの足音が遠のいていく。私はしばらく固まったままドアの向こうを見つめる。
「なんとか誤魔化せた……」
その後、私はいつも通り朝食をとって、いつもの時間に家を出て、いつもの通学路を歩いている。
いつもと違うのは、私のスクールバッグの中にくま太とピコピコハンマーが入っていること。彼らにスペースを占拠されて、教科書は一冊も入っていない。けれど今は勉強なんてしている場合じゃない。
これから向かうのは戦場なのだ。あの黒い怪異は必ず現れる。止めなければならない。あいつを倒してナイトメアを見つけなければ、みんなを救えない。
「おはよー、ちーちゃん」
いつもの場所でなっちんが追いついてきた。挨拶と一緒に肩を叩かれ、私はびくりと体を強張らせて立ち止まった。
「ちょっとどうしたのさ、そんなにびっくりして? なんか顔色悪いよ?」
「ううん、大丈夫……」
「そう?」
なっちんは心配そうに私の顔を覗き込む。
「本当に?」
「うん。ちょっと寝不足なだけ」
「ならいいけど」
私たちは並んで歩き始めた。隣ではなっちんが昨日見たテレビの話をしている。私は適当に相槌を打ちながら、その声を聞いていた。
幼なじみと並んで学校へ向かう何気ない朝、いつもの朝。変わらない日常。
――違和感はあったのだ。それこそ最初から感じていたのかもしれない。この世界を俯瞰して見ている今、その違和感がより強く、はっきりと輪郭を成してきている。
でも記憶はある。確かに記憶がある。彼らが最初からこの世界に存在していたという記憶がある。どんな会話をしたのかも、どんなふうに笑ったのかも覚えている。最初からこの世界に存在していたとしか思えない。
この世界は私の記憶をベースにして作られたもので、この記憶は作られたもの?
私は歩きながらそっと隣を見た。なっちんが楽しそうに話している。
ここ数日に色々なことが起こった。これが夢の世界で、後付けされた記憶が存在するのだとすれば、きっと本当の私の学生時代はあんなにも華やかなものじゃなかったのだろう。
ロマンスも、ラブコメも、変な事件に巻き込まれることもなかった。ただ学校へ行って、授業を受けて、家へ帰る。それだけの灰色の毎日だったはず。
だからこそ、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。
こんな毎日だったらいいな、と。素敵な男の子と出会って、胸が高鳴るようなイベントが起こって、誰かに恋されたり、恋したり。心のどこかでイベント尽くしの世界を望んでいた。
そう、私が体験したようなキラキラしたアオハルな世界を望んでいた。
「どうしたの?」
数歩先まで進んでいたなっちんが振り返る。朝の光を受けたその顔は、いつもより輝いて見えた。
胸の奥がズキンと痛む。言いたくない。できることなら、このまま何も知らないふりをしていたい。傷つけたくない。でも告げなければ、みんなを救えない。
私は唇を噛んだ。
「ごめんね、なっちん」
「え? なに、急に?」
不思議そうな顔をする彼女を、私はまっすぐ見つめた。
――ここは私の理想の世界であって、彼女にとっての理想郷なのだ――。
「私に〝なっちん〟なんて幼なじみはいないの」




