102 茶化してい場合じゃないッス
「それで会長も、ハヤテくんもノエルくんも、黒い怪異に襲われて、みんな消えちゃったの……」
そこまで話すと、胸の奥に溜め込んでいたものがまた込み上げてきた。あのとき目の前で消えていった三人の姿が鮮明に蘇る。助けたかったのに、何もできなかった。逃げることしかできなかった。
『そうッスか』
「そうっすかって、ちょっと冷たいんじゃないの……」
あまりにも淡々とした返事に、思わず唇を尖らせる。
『冷たい? 悲観したところで状況は変わらないッスよ』
「それはそうだけど……」
『自分はこれでも、はらわたが煮えくり返っているッス』
淡々と語る言葉の端に、抑え込まれた感情が滲んでいた。ほんの一瞬だったけれど、その声の奥にある怒りと悔しさが、ありありと伝わってきた。
夢の世界で彼らは互いの背中を預けて戦う仲間だった。私よりもずっと長い時間を共に過ごしていて、深い絆でつながっている。仲間がやられて何も感じないはずがない。
むしろ彼は私以上に辛いのかもしれない。
「そうだよね……。ごめんなさい」
『それにしても、なんというかこの夢の世界は、司令の妄想を色濃く反映しているように思えるッスね』
「え? 妄想ですって?」
しんみりしていた気持ちがどこかへ飛んで行ってしまうようなセリフだった。
『だって、舞台は司令が元いた世界じゃないッスか。時間軸も司令の学生時代みたいだし。当然、そこにはいないタイチョーやイーグル、ホークが重要人物として司令の周囲に配置されていて、しかもみんなが司令スキスキーってなっているッス』
「…………」
司令スキスキーって……。なんなの、その身も蓋もない表現は。
『まあ、タイチョーやホークはそんな雰囲気あったッスけど、イーグルが司令スキスキーってなるのは、ちょっと想像できないッスねぇ』
「た、たしカニ……」
私が見ていた夢の中のクラウディオは、ごくまれに優しいところもあったけれど、基本的にはつっけんどんで嫌味な男だった。そんな彼が素直に好意を向けてくるなんて正直、違和感しかない。それどころか気色悪いまである……。
そのキャラクターがネジ曲がって変わったのは私のせいだっていうの? 私が望んだから彼の性格が変わったの? 私は深層心理でイケメンたちに囲まれて、無条件で褒められて甘やかされてチヤホヤされるハーレムを望んでいるってこと!? ここは私の願望が具現化した世界!!??
だとしたら恥ずか死ぬ! 恥ずかしすぎて死ねる自信がある!!
『実際に見てみたいッスねぇ、司令スキスキ状態のイーグルを。腹を抱えて笑うかもしれないッスけど』
「……司令スキスキーって連呼するのやめて」
『自分も司令のことは好きッスよ』
「え?」
不意に胸がキュンとなってトクンと跳ねた。
『同じ人族としてッスけど』
「あ、そう……」
一瞬でも期待した私が馬鹿だった。平常運転、彼はそういう人間でした。
「それで、私の話を聞いて何か分かった?」
『間違いなく、ナイトメアは呪いの類ッス』
「呪い?」
『そうッス。それもとびきり強力な呪い。掛かった人から人へ連鎖的に感染して、どんどん拡大していく特別仕様ッス。こんな膨大な魔力量を持った代物を、どんな方法でパッケージしてアルゼリオンに持ち込んだのか……実に興味深いところッスね』
「そういうのはいいから教えて。もし、このままみんなが黒い怪異に変えられちゃったら、どうなっちゃうの?」
『シュヴァルニ学園の人たちだけじゃなくて、アルゼリオンの国民はもとより、アルゼリオン王国そのものが消えてなくなるかもしれないッス』
「……え?」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「どういうこと?」
『実は今朝になって結界の領域が一気に広がったッス。最初は学園内の一角だけだったのに、今は学園まるごと結界に吞み込まれてしまったッスよ。司令の話から推測すると、この夢の世界で黒い怪異が増えていくことと現実世界の結界拡大は関係しているんだと思うッス』
私は黙って耳を傾ける。
『夢の世界の住民がみんな黒い怪異になって結界が国を呑み込んだら……、アルゼリオンという国があったことも、自分たちが暮らしていたことも、その存在や事実そのものが消失するのかもしれないッス』
「な、なんでそういう理屈になるのよ……」
声が震えた。
人だけじゃなくて国が消える? 存在が消滅するってなに?? 確かに……なっちんは会長たちのことを忘れていた、まるで最初から存在しなかったように。それが国家単位で起こるということなの?
『自分たちはナイトメアという魔素兵器が存在することは認知できるッス。でも、それがどういう物なのかはまるで情報がない……。ナイトメアを開発したライノス国についても、そこにいたはずの王様や国民たちについても、文化に関する記録も一切残ってない。その理由はなぜなのか……。そこから導き出される答えは一つ、ナイトメアは存在そのものを消滅させてしまう魔術だからッス』
「存在そのものを……」
『もしかしたら自分たちが忘れているだけで、これまでもナイトメアによって滅びた国や地域があるのかもしれないッス』
「じゃあ……私たちも最初から存在しなかったことになって、誰の記憶からも消えちゃうってことなの……」
自分の口から出た言葉が恐ろしくて仕方がなかった。
存在が消える、厳密にはそれは〝誰も覚えていない〟ということではなく、最初から〝この世界にいなかった〟ということなのだ。
『おそらく……。死よりも恐ろしい結末が待っているッス』
フェルナンドの声が、静まり返る室内に響いた。




