100 チョーカー
「フェルナンド……。それがあなたの名前?」
そう尋ねると、クマのぬいぐるみがこくりと頷いた。
フェルナンド、その名前なら知っている。あの夢に出てきた登場人物の一人。女の子と見間違うというか、女の子にしか見えない顔立ちの少年だった気がする。けれど、目の前にいるのはどう見てもクマのぬいぐるみ。夢の中のフェルナンドと、くま太が繋がっているのかは分からない。たまたま名前が一致しただけとも考えられる。
それでも間違いなく言えるのは、目の前のぬいぐるみがただのぬいぐるみではないということだ。
そんなことを考えている間にも、くま太――もとい、フェルナンドは再びスマートフォンを手に取った。先ほどよりも手慣れた様子で画面を操作し、短い指でフリック入力を繰り返していく。やがて表示された文字を見て、私は首を傾げた。
画面に表示されていたのは、「ちょーかー」という文字だった。するとフェルナンドは、自分の首を指差す。
「首?」
私もつられて自分の首に触れる。けれど、それだけでは何を伝えたいのか分からない。フェルナンドは何度も自分の首を指差している。
何かを伝えようとしているのは分かる。おそらく「ちょーかー」と「首」というキーワードから導き出されるのは、アクセサリーのチョーカーのことだと思う。
はっきり言って私はアクセサリーの類はほとんど持っていない。あるとすれば、付けもしないのに衝動買いしたイヤリングくらいだ。だからこの部屋にチョーカーなんてあるはずないと思ったのだけど、何もしないわけにもいかず周囲を見回した。
くま太がいたソファーには読みかけの本、床には脱ぎっぱなしの制服、そして机の上には文房具やノートが散らばっている。その中には見慣れない物もあった。
「あれ……?」
机の隅に置かれていたのは、金属で出来たチョーカーだった。中央にはエメラルドに輝く小さな石が埋め込まれている。
手に取ってみると、思っていたよりもしっかりとした重みがあった。やけに冷たい感触が指先から伝わってきて、わずかな警戒心が生まれる。素敵なチョーカーだけど私の物ではない。
「……チョーカーって、これのこと?」
フェルナンドに見せると彼はすぐに頷いた。それからもう一度、自分の短い首を指差す。
「付けろってこと?」
今度は、こくこくと何度も頷いた。
「……」
う、うーん……。そこはかとなく嫌な予感がする。
もしこれが呪物の類だったらどうしよう。魂を吸い取られるとか魔法少女に変身するとか、そういう恐ろしいアイテムだったら……。
躊躇する私がチョーカーとフェルナンドを交互に見ていると、彼はつぶらな瞳でじっとこちらを見つめてきた。その目には焦りも脅しもなく、ただ「お願いだから信じて」と訴えているようだ。
「うう……」
そんな目で見られたら、抵抗できないじゃない……。
私は観念してチョーカーを首に回し、留め具を留めた。首筋に冷たい感触が触れ、一瞬だけエメラルド色の石が怪しく輝いたような気がした。
「……」
何も起こらない。角が生えるわけでもない。身体が痺れるわけでも意識を失うわけでもない。しばらく待ってみても変化はなかった。
「……なんだ。何も起こらないじゃん」
呪物じゃなかったことに、ほっと胸を撫で下ろしたそのときだった。
『……し……き……て、る……』
「え?」
今、何か聞こえた?
耳を澄ます。
『ち……しれい……て、る?』
声は聞き取りづらく、ところどころ途切れている。まるで電波の悪い無線のようだ。私は思わずチョーカーに手を添えた。さっき一瞬光ったエメラルド色の石が、かすかな光を帯びている。
「まさかこれって……通信機?」
そんな言葉が口からこぼれた途端、私は思い出す。
そうだ。私は知っている。夢の中で同じようなものを使ったことがある気がする。誰かと連絡を取るために、このチョーカーへ声を吹き込んだ。そんな場面が霧の向こうから浮かび上がってきた。
「も、もしもし……?」
恐る恐る声をかける。
『ちどりしれい、きこえるッスか?』
「この声……」
聞いたことがある。夢の中で何度も聞いたフェルナンドの声だ。
「き、聞こえます!」
声が震えた。夢の登場人物だったはずの人物と会話するなんて。その事実に心臓が早鐘を打ち始める。
『やあ、良かった。どうやら上手くいったみたいッスね』
「あ、あなたは誰なの?」
分かっている。おそらく間違いない。それでも自分の耳で確かめなければならなかった。
『ふむふむ、やっぱりナイトメアの影響で忘れているッスね』
その声に合わせるように、クマのぬいぐるみが肩をすくめた。
「ナイトメアの影響? 忘れてる? なんのこと?」
『うーん、どこから説明したらいいッスかねー。自分はフェルナンド、司令の部下で戦術騎士隊アルタイルのメンバーッス』
胸が大きく跳ねた。
やっぱり今、私が話しているフェルナンドは夢の中のフェルナンドなんだ!




