95 Who is your prince?
夜が明けた。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、薄暗かった部屋をゆっくりと満たしていく。
「ん……」
布団の中で身じろぎしながら目を覚ました私は瞼を擦って上半身を起こした。
くぁ、とあくびを一つ。
……あれ?
よく眠れた気がする。昨日あれだけのことがあったのに、悪夢にうなされたり、何度も目を覚ましたりすることもなく、どうやら朝までぐっすり眠っていたらしい。
窓の外から聞こえる近所の小学生たちの話し声も、同じ時間に動き出す車の音も、いつもと変わらない。昨日の出来事など最初から存在しなかったかのよう。
「もしかして、ぜんぶ……夢だった?」
怪異も、灰色の世界も。全部、私が見た夢だったのではないか。
そんな錯覚さえ覚えてしまうほど、清々しい目覚めだった。
朝食を取って制服に着替えた私は、何とも言えない落ち着かない気持ちを抱えたまま家を出た。
いつもの通学路には、いつも見かける会社勤めのおじさんや学生がいて、いつも私を追い越していく車や自転車がいつものタイミングでやってくる。
そんな見慣れた光景の中を歩いていると、後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「おはよー」
「おはよー。なっちん? どうしたの、その顔?」
振り返った私は、思わず眉を寄せた。彼女の顔はどこか薄暗く、目元に濃いクマが浮かんでいたからだ。
「うーん……寝る前にスマホ見てるせいかな。最近、寝不足で……」
そう言いながら大きく口を開けてあくびをする。
「寝る前にスマホ見るのやめた方がいいらしいよ。画面を見てると脳が起きちゃうんだってさ」
「わかってはいるんだけどね……。一度見だしたら止まらないじゃん?」
気持ちは分かる。私もベッドの上でスマホをいじりながら夜遅くまでダラダラしてしまうことは何度もあった。
昨日みたいに疲れていれば、すぐに寝付けるのに。
「そういえば、なっちんさ」
「ん?」
「昨日、変なこと学校で起きなかった?」
「変なこと?」
「分からないならいいの……、なんでもないの」
やっぱり、気付いているのは私たちだけなんだ。
「なによそれ、気になるじゃん」
怪訝そうな顔をしたなっちんだったが、頬に指を当てて「変なことと言えば昨日さ、部活中にサッカー部の人たちが倒れたらしいよ、しかも同時に」と何気なく昨日の出来事を口にしてきた。
「へー、そうなんだ」
さすがなっちん、情報通だな。
「応援団長、今日大丈夫かなぁ」
そうなんだ。昨日倒れた彼は応援団長だったのか……、ん?
「応援団長? なんの?」
「いや、なんのって今日ってスポーツ祭じゃん」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げて私は固まった。そうだった。今日はスポーツ祭の日だった。怪異のせいですっかり頭から抜け落ちていた。
「……オーノー」
◇◇◇
何の心の準備も出来ていない(準備していたところで何も変わらないけれど)私を置き去りにして毎年恒例の一大イベントであるスポーツ祭が始まった。
校庭にはパイプテントが並び、クラスごとの応援席に生徒たちがひしめいている。青空の下、応援団の掛け声が響き、競技が始まるたびに歓声が一斉に湧き上がった。
順調に競技が進む中、やはり目立っているのは例の三人である。そう私の騎士たちだ。彼らが姿を見せれば黄色い声援が飛び、女子たちが身を乗り出し、その活躍に歓声を上げる。
そんな光景を冷静に眺める私の胸に優越感にも似た感情が、もぞもぞとくすぐり始める。
ああ、声に出して自慢したい。お嬢様みたいに高笑いしながら叫びたい。「あの人たちね、わたくしを取り合ってケンカなさったのですわよ!」ってね。なんちゃって……。
それにしても昨日は化け物と戦っていたのに、普通にスポーツ祭を満喫している彼らのメンタルもまた化け物ね。
さてと、と呟いて私は重い腰を上げて立ち上がった。
スポーツ祭は全員参加のクラス対抗リレーに加えて、必ず一人一種目以上の競技に出場する決まりになっている。私は事前のくじ引きで借り物競争をゲットしていた。ゲーム性が強い競技だから走力がなくても勝つチャンスはあり、運動が苦手なギークにとっては喉から手が出るほど欲しいプラチナチケットなのだ。
そう、こんなところで地味に運を消費してしまうのが、私という生き物なのです。
借り物競争は、男女混合六人一組で行われる競技で、私の出番は第九レース。競技が始まり、順番を待つ列に並ぶ私の緊張は徐々に高まっていく。
何を引くんだろう。「ボール」とか「赤いもの」とか、そういう簡単なお題がいいな。できれば、誰かに協力を頼まなくても調達できるものがいい。
そんなささやかな願いを抱いているうちに、あれよあれよという間にレースが進み、ついに第九レースの選手たちが呼ばれた。
「白城さん、頑張れー!」
普段は話さない子から声援が上がる。
う……、プレッシャー……。
すべての競技はその順位で得点が加算される。我がクラスの陽キャたちは「みんなで優勝するぜ!!」と盛り上がっていた。否が応でも、みんなが私に注目する。
クラスメイトの声援を背中に浴びながら、スタートラインに立った。係員が位置を確認してピストルの銃口を空に向ける。選手たちが一斉に構え、息を整えながら前を見つめた。
パンッ! 乾いたピストルの音がグラウンドに響いた。
「ひ~っ!」
情けない声を上げながら私は必死に走り出した。あっという間に左右の選手の背中が視界に入る。スタートして数秒もしないうちに集団から引き離され、みるみるうちにみんなの背中が遠ざかっていく。それでも頑張って走り、堂々の最下位でお題の紙が置かれたテーブルへ辿り着いた。他の選手たちはすでに紙を手にして走り出している。
「はぁ、はぁ……もう……ダメ……」
残されている紙は一枚だけ。選択肢などない。その紙をひったくるように開いた私は、書かれていた文字を目にして思わず首を傾げた。
【あなたの王子様は誰?】




