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EP31 桃子の前哨戦

☆☆ポーランド渡航・苦戦の序盤☆☆


九月。蒼空がグダニスクへ飛び立った直後、東京の空には夏の残り香が薄く漂っていた。蝉の声は遠のき、学校の廊下に差す光は白い粉を撒いたみたいに乾いている。


桃子は教室の隅でノートPCを開き、ToDoリストをウィンドウいっぱいに広げた。タイトルはこうだ——「Monika’s Opening Plan:ポーランド再上陸作戦」。


まずは作戦①。


夕食の後、リビング。父はネクタイを緩めて冷蔵庫から炭酸水を取り出したばかり。


「お父さん、お仕事の調子はどう? ……もしまたポーランドに転勤とかあったら、ついていくけど」


父はグラスに氷を落とし、笑う。


「去年やっと役目を終えて戻ってきたんだ。当分はないよ」


(ダメか……)


桃子はソファの背にもたれて、天井のファンを目で追う。回る羽根は、いまはまだ日本の空気しか混ぜない。


作戦②、大学の奨学金。


国際課のカウンターで、担当者は誠実そうな微笑みを崩さずに言った。


「奨学金制度はございますが、対象年齢が十八歳以上でして……」


「二年も待てない!」と心の中で駒を叩き、表では笑顔を貼る。


(まだ第二局。中盤にも入ってない)


作戦③、交換留学。


夜、部屋の灯を落とし、ブルーライトだけが白い顔を照らす。「Erasmus+」「Gdańsk」「high school」……検索は海の底で迷子になるみたいに拡散し、ヒットは空振りばかり。


(蒼空がいるグダニスクじゃなきゃ、意味ない)


画面を閉じると、窓の外で電車が通り過ぎた。ガラスに映る自分が、新しい手を探す騎士みたいに見える。


(大丈夫。勝ち筋は、道すがらにだってきっと来る)


☆☆中盤・転機の訪れ☆☆


全国大会の決勝からしばらくして。


夕方のテレビのワイドショーに突然、桃子が現れた。「全国チェス大会準優勝の天才女子高生プレイヤー」という字幕が、ピンク色に揺れる。


その晩、グループチャットで颯真とアキラが火をつける。


> 颯真:お前、ネットで話題になっとるで。桃子がチェスの動画やったらウケるんとちゃう?

> アキラ:タイトル“Monika Mate”は? サブタイトル“恋もチェスも、序盤が大事”とかw?


半分冗談でチャンネル開設。半分本気で撮影と編集。


最初の一本、「全国準優勝JKがチェス実況してみた」。


カメラの前で、桃子はマイクを指でとんとん叩く。


「こんばんは、Monikaです。今日のテーマは“あざといオープニング”。……あざといって正義じゃない? 誘うの、戦術だから♡」


アップロード後、再生数のカウンターが秒速で弾む。コメント欄には「桃ちゃんの解説が面白い」「顔芸がズルい」「Vチューバーより笑顔がカワイイw」が並ぶ。


続くショートムービー企画、高校生の日常の失敗から「日常生活の詰み」シリーズ——


“テストの山がはずれて詰み”、


“修学旅行だけどコロナにかかって詰み”、


“カラオケで歌詞が飛んで詰み?”など。


いずれの動画も最後に桃子が「はい、詰んでまーす♡」と言うパンチラインがウケて、


二週間で100万回。年明けのライブ配信は同接3万人、投げ銭で初の収益化。


コラボには留学生YouTuber、AI研究者女子。


一度、言い回しの切り抜きでコメント欄が荒れた。けれど最初に駆けつけたのは常連だった。「Monika Mateは戦う子」。その一行で、場が静まった。


そして翌年の三月。


フォロワー30万人。アフィリエイトで月50万円。


(あら?……これ、自力で飛べちゃうかも)


☆☆勝ち筋の確認☆☆


夜、机に「渡航チェックリスト」をひろげる。マス目には色鉛筆で小さなチェック。

・渡航書類:15歳までポーランド在住、国籍あり。学生VISA不要。

・住居:ポーランド時代の友人の親のシェアハウス、450EUR/月で確保。

・生活費:広告+投げ銭で3000EUR/月の収入。家賃+食費光熱で900EUR、余裕あり。

・高校:蒼空の通うグダニスクのLiceum Ogólnokształcąceへ編入(手続きは現地)。

・ポーランド語:ネイティブ(むしろ日本語より得意)。

・親の説得:理解のありすぎる父母。「全部自分でできるならやってみなさい」


(チェック、チェック、チェック)


そして航空券。ルフトハンザ、ミュンヘン経由グダニスク行き、7月の便。購入ボタンの上で指が止まる。


(通りすがりの詩、第二幕だね)


クリック音が夜に吸い込まれ、未来の扉が、ひとつ分たしかに開いた。


☆☆終盤・羽田での別れ☆☆


七月某日、羽田空港。天井は高く、案内板は黒と黄のコントラストで旅人を整列させる。ガラス越しに見える雲は、発泡スチロールみたいな白さで夏の空にうず高く積まれていた。


集合場所の柱に見送りの颯真、アキラ、友梨佳。


伊織は卒業して、いまの部長はアキラ。


颯真はここ数ヶ月、文字通りの“猛攻”で、友梨佳とついに交際が実現。今日彼女は京都から「遠征」してきたというわけ。


「蒼空が高校やめてポーランド行ってから、もうすぐ一年か……」


颯真は腕を組み、わざとらしく遠くを見る。


「桃ちゃんはすっかり有名人だもんね。Monika Mate、フォロワー30万だよ?」


友梨佳は浴衣ではないけれど、どこか夏祭りの匂いをまとっていた。


アキラが、部長らしい口調で言う。


「部員、三倍になったしな。全国優勝と準優勝の効果は絶大。……というか今のチェスブームの火付け役は桃子だし」


「蒼空くん、どうしてる?」


友梨佳に問われ、桃子はにこり。


「元気だよ。web meetingで毎週話してる。あいつ、相変わらずスマホ持ち歩かないからー。……でも、私がポーランド行くことは内緒。サプライズ」


「今年の全国は、桃子も蒼空もサンドラもいない。伊織先輩と怜は卒業。せやから――友梨佳と俺で優勝取りに行くで!」


颯真は親指で自分をさし、もう片方の手で友梨佳の手を取る。


友梨佳はちょっと顔を赤くして、「ふふっ、颯真の頑張りがカギだよ♡」と笑った。


アキラがふと思い出したように。


「そういえばニュース。オンラインチェスで謎のアカウントが現れてるって聞いた?不定期に現れて連戦連勝、AIにも勝つとか。ついに今ELO3500だって。」


「それ聞いた!」


颯真は食いつく。「新手AIかもしれんってやつや。人間やったら夢あるけどな、そら不可能やろ」


桃子は、意味ありげに片眉を上げる。


「ロマンだよね。……でも、もしそれが現実になったら――」


「え?」


友梨佳の目が丸くなる。


「なんでもない。蒼空の物語の続きを見てくるね。みんな、全国がんばって!」


掲示板にLH ミュンヘン行きの行が点滅した。


桃子はリュックのノートPCを一度撫で、深呼吸。


(配信で稼いだ広告と投げ銭。視線も期待も、ぜんぶ推進力にする)


手のひらが少しだけ汗ばむ。深呼吸。拍は四つ、揃っている——大丈夫。


「通りすがりの詩、第二幕——開幕」


三人とハグしたあと、桃子は出発ゲート前で振り返って手を振る。


「颯真先輩。卒業までの期限だったけどあたしの奴隷から解放してあげるね♡(※EP05参照)」


——友梨佳が(奴隷って何?)という目でジトっと颯真を睨む。


それだけいい残すと桃子は笑いながら保安検査の列に消えていった。

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