第54話 エマの行方(10)倒壊
翌日、厳戒態勢は解かれ、全職員が通常勤務に戻ることになった。
魔法学校を囲う「柵」に綻びがないか、軍の哨戒兵たちが入念に確認している。エマの失踪、寮への侵入、そのどちらも軍の威信にかけて許されない事態なのだろう。
その日の夕方、私はハルヴィス先生と共に訓練室にいた。
「魔力中和とは、相手の魔力を、自分の魔力で打ち消す技術だ。相手の魔力の相に合わせ、相を反転させた魔力をぶつける。……理論ではそういうことになるが、意識的に『相を反転させろ』と言われて即座にできる者はいないから安心してほしい。まずは感覚を掴むことが肝要だ」
先生が机の上にある魔道具を起動すると、一定間隔で淡い光が明滅しはじめた。先生がその魔道具にそっと手をかざすと、光の瞬きがぴたりと止まった。
「このように、流れを止めることができれば正解だ」
私は魔力感知の「蓋」を外した。
視界が切り替わり、魔力の流れが鮮明な線となって浮かび上がる。
魔道具の下にある小さな箱から、細い糸のような白い光が、魔道具に向かってまっすぐに伸びている。
一方で、ハルヴィス先生の魔力は手から放たれているというより、身体中からじわじわと染み出しているようだった。先生自身が発光しているかのような、柔らかな広がり方だった。
「では、君の番だ」
私が魔道具に手を伸ばしたその瞬間――
ドォォォォン!
大気を震わせるような爆鳴が轟き、訓練室の床がずしりと揺れた。壁に掛けられた光砂灯が激しく揺れて、不規則な光が室内を波打つ。
「何事だ!」
ハルヴィス先生が急いで窓を跳ね上げると、冷たい風とともに、遠くから幾重もの叫び声が流れ込んできた。
ただ事ではない。
私は先生に「現場に向かいます」と告げた。先生も険しい表情で頷き、「僕も行く」と答えた。
私たちは訓練室を飛び出し、石畳の廊下を駆け抜けた。
外に出ると、夕暮れの空が赤黒く染まり、倉庫群の方向から砂埃が立ち上っているのが見えた。向こうからは怒号が飛び交っている。
カン! カン! カン! カン!
けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
現場の一区画前で、警備員のエルンが手を広げて道を封鎖していた。彼の警備服には、真っ白な砂埃が積もっている。
「何があったの!?」
鐘の音にかき消されないように、私は大声を張り上げた。
「倉庫が倒壊した! 怪我人が出ている! 近づいちゃ駄目だ!」
遅れて到着したハルヴィス先生が、膝に手をついて肩で激しく息をするのと同時に、ようやく鐘の音が止んだ。
「はぁ……はぁ……状況を、説明してくれ……」
「事務局に使われていた建物が、修復作業中に崩れました。二次被害の恐れがあります。この区画は封鎖中です」
砂埃が風に流され、視界の奥に折れ曲がるように崩れた残骸がぼんやりと浮かび上がった。火災現場に残されていた、あの膨大な魔力の柱が、建物を突き破るように宙に伸びている。
エルンが建物を一瞥し、顔を拭いながら私に向き直った。
「昨日からミシミシと嫌な音がしてたんだ。今思えば、あれが前兆だったんだな」
「私たちが片付けの時に崩れなくて、本当によかった……」
「ああ、違いない。さて、これから救護班が怪我人を運び出す。しばらくはここを通れないし、必要があれば招集がかかるはずだ。リアラは業務に戻っていいんじゃないか」
「うん、そうする。おつかれさま」
「おつかれ!」
エルンは片手を上げ、ひらひらと手を振った。
私はもう一度、夕闇にそびえたつ魔力の柱を見上げ、背中に走る悪寒を抑えながらその場を後にした。




