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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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第53話 エマの行方(9)消息

 翌日、私は休みになった。

 私だけではない。ほとんどの職員は、自宅待機を命じられた。

 窓の外を見れば、エリアごとに哨戒兵が立ち、眼光を鋭く光らせている。区域を移動するには身分証の提示が求められ、他者との接触は最小限度に制限された。刻限になれば兵が食事を運んでくる。まるで軍事施設か監獄のようだ。

 何もすることのない私は、校長の私邸を掃除することにした。

 バケツに水を汲み、雑巾を絞る。時間をかけて隅々まで水拭きしていくと、重厚な木製の床や家具たちが、本来の深い輝きを取り戻していった。

 家族で住むには十分すぎるほど広く、数人の使用人を雇うことを前提としている造りだ。多忙な校長が一人で維持するには、どうしても限界がある。水拭きまで行き届かなかったとしても、埃一つなく掃除できていることが驚きだった。

 リビングの木棚には、エマの髪留めを置いた。

 昨晩、校長から「あなたが直接渡してあげてください」と、私が預かることになった。エマを必ず見つけ出すという強い意志にも感じた。

 私は、心の奥底に沈む不安を拭い去ろうとするように、無心に手を動かし続けた。

 その日の夕方、エントランスで重い扉が開く音がした。急いで駆けつけると、そこには壁に身をもたれかかり、力なく立ち尽くすレティシア校長の姿があった。

「エマさんは、見つかりませんでした」

 絞り出された声は、かすかに震えていた。

「おつかれさまでした。食事はとってますか? シャワー、寝室、それともリビングへ向かいますか?」

「リビングで、大丈夫」

 今にも崩れ落ちそうな校長に肩を貸すと、冷え切った身体の温度が衣服越しに伝わってきた。自力で歩こうとする気力は感じられるのに、その意志とは裏腹に身体は私に深く預けられている。

 私はゆっくり慎重に、壊れ物を扱うように支え、暖炉の前にある大きなソファーまで運んだ。

「何か温かい飲み物を持ってきます」

「ありがとう」

 ティーの用意をしている僅かな間に、レティシア校長はすでに浅い寝息をたてていた。

 一日中、いつまで経っても吉報が届かない中で、私はエマが見つかっていないという最悪の想定を覚悟しはじめていた。しかし、それ以上に、目の前のレティシア校長の姿が衝撃的だった。

 公の場では、どんな窮地に立たされていても、決して弱みを見せない人。そんな超然とした彼女が、家についた途端、糸が切れた人形のように眠り込んでいる。昨夜から仮眠すら取らず、不眠不休で軍や学校との調整に当たっていたのは明らかだった。

 私は、リビングの隅に置かれていた厚手の毛布を手に取り、彼女の細い方を包み込むように掛けた。


 一刻ほど経った頃、レティシア校長が目を覚ました。

 私がいることに気がつくと、校長は狼狽した様子で、慌てて身体を起こそうとした。

「……すっかり、眠ってしまったようですね。今は何刻ですか?」

「第九刻を過ぎた頃です。……ちょうど、支給された食事を温め直すところでした」

 軍から支給された鉄管のスープを暖炉の火にかけ、その間にハムとチーズ、少し固めのパンを切り出し、皿に並べていく。やがて鉄管からふつふつと湯気が立ち上りはじめ、私はミトンをはめて熱くなった缶を掴み、じゃがいもと豆、柔らかそうなチキンの入ったスープをカップに注いだ。

 身体を起こしたまま目を瞑っているレティシア校長に、私は声をかけた。

「夕食ができました。……立てますか?」

「……ええ、大丈夫」

 そう答えたものの、彼女の動作は緩慢だった。膝に力が入らないのか、一向に立ち上がる気配がない。

「さあ、行きますよ」

 私は苦笑しつつ、彼女の脇に手を差し入れて支え、ダイニングテーブルまで連れて行く。いつも凛としている姿からは想像できないけれど、どうやら寝起きに弱いらしい。

 椅子に腰掛けた校長は、カップから立ち上る芳醇な香りに、ようやく意識がはっきりしてきたのか、少し照れくさそうに私を見上げた。

「ありがとう、リアラさん」

 レティシア校長は、食事を前に静かに目を閉じ、小さく祈りを捧げてから、ゆっくりとスープを口に運びはじめた。

 食事が終わると、校長は再び安楽椅子へと移動し、わずかな間にまた夢の世界へと旅立ってしまった。

「校長、このままではお身体に障ります。寝室へ行きましょう」

 私は耳元で声を掛け、半ば抱きかかえるようにして彼女を寝室へと連れて行った。

 結局、この日、エマの事件について校長と詳しく言葉を交わすことはできなかった。

 この無防備な寝顔を守ることが、今の私にできる精一杯の務めのように思えた。

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