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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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第52話 エマの行方(8)それぞれの願い

 私は廊下に出て、騒然とした会議室から漏れ聞こえる声を呆然と聞いていた。

 軍が捜索を開始した今、私が勝手に動くことは許されない。不審な行動をすれば、たちまち軍に拘束されてしまう。

 会議室の扉は常に開け放たれ、せわしなく人が出入りしている。廊下の向こう側からは、号令をかける軍人たちの野太い点呼の声が聞こえてくる。

 時間感覚が麻痺している。今は何刻頃なのだろう。今日は早めに夕食を済ませ、その後に倉庫群へと走った。あれから一日が過ぎ去ったかのような疲労が、全身にまとわりついている。会議室を行き来する職員たちの顔にも、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

 ようやく人の出入りが落ち着いてきた頃、私は開いたままの扉から中を覗き込んだ。すると、書類を手にしていたレティシア校長が私に気づき、こちらに歩み寄ってくる。

「リアラさん、そこにいましたか。隣の小会議室へ移動しましょう。話があります」

 その言葉に、ヴェロニカ副室長が鋭く反応した。

「お待ちください。私からも、彼女にいくつか確認したいことがあります」

「……わかりました。では、ヴェロニカさんも一緒に来てください」


 移動した先の小会議室は、芯まで凍りつきそうなほど冷え切っていた。吐き出す息が白く濁るほどの寒さに、眠気が一気に吹き飛ぶ。壁に掛けられた古い光砂灯を点けると、弱々しい光が部屋の隅に長い影を落とした。

 扉が閉められるなり、ヴェロニカ副室長が口火を切った。

「リアラさん、なぜあなたが門番のところへ行ったのか、説明してください」

 レティシア校長が、案じるような視線を私に送ってくる。

 私は小さく首を振った。学務事務室を出たときから、この質問を受けた場合にどう答えるべきか、ずっと考えていた。

 私はポケットから真っ白な髪留めを取り出し、机の上に置いた。

「偶然、これを見つけました」

 私は嘘は苦手だ。だから事実だけを話せばいい。私が魔力の残滓を感知できるという特殊な事情まで、あけすけに伝える必要はない。

 ヴェロニカ副室長は訝しげな顔で髪留めを眺めていたが、その瞬間、ハッとしたように息を呑み、「……エマが、いつも身につけていた……」と不明瞭な声でつぶやいた。常に冷静沈着で、仮面の下に感情を隠している彼女が、明らかに動揺している。

「これを、どこで?」

「倉庫群エリアから共通棟へと抜ける路肩の草陰です」

「どうして、そんな場所に……」

 私には答えられない。それが知りたくて、必死に走り回った。エマが見つからない限り、すべて推測の域を出ない。

 ヴェロニカ副室長が視線を落とし、考えを整理するようにつぶやきはじめた。

「……普段は人通りが少ない場所に、髪留めが落ちていた。そして、持ち主は姿を消した。だからあなたは、彼女を最後に目撃したはずの門番に、当時の様子を確認しに行った。……そういうことなのね?」

「はい」

 私がレティシア校長に目線を向けると、彼女は何も言わずに頷いた。そして、ヴェロニカ副室長へ向き直り、私への助け舟を出した。

「リアラさんには、私がいくつかの任務を命じています。そのひとつに、エマさんに関する情報収集が含まれていました。彼女の立場上、口外できないこともあるでしょう。他に知りたいことがあれば、私が答えます」

「残る疑問は、軍からの連絡を、なぜ彼女が直接持ってきたのかということでしたが、今の話で得心がいきました。私からは、もう質問はありません」

 ヴェロニカ副室長は一度言葉を切り、硬い表情のままレティシア校長を見つめた。

「……ですが、ひとつお願いがあります」

「……何かしら?」

「もし、エマが無事発見された際には、彼女の復職を許可してください」

 ヴェロニカ副室長は、普段から部下に対して厳格で、滅多に温情を見せることはないことで有名だ。冷徹な管理職として知られる彼女からは想像もつかない言葉だった。

 レティシア校長はそれを優しく包み込むように微笑んだ。

「ええ、それは私が保証します。安心なさい」

「……感謝します。エマは、私の優秀な部下のひとりです」

 ヴェロニカ副室長が私に向き直った。目元に刻まれた峻烈な皺がわずかに緩んでいる。

「リアラさん、新たな事実を見つけてくれたことについても感謝します。……私は一足先に捜査本部に戻り、捜索の指揮を執ってまいります。失礼します」

 立ち去ろうとする彼女の背中に、私は思わず声を上げた。

「あ、あの!」

「……何か?」

「エマと前室長が言い争いをしていたという噂は、本当ですか?」

 副室長が足を止め、端正な横顔をこちらに向けた。

「そのような話があることは、私も認識しています。現時点では有力な情報はありませんが、何か進展があれば、必ずあなたにも報告すると約束しましょう」

 私が深く一礼すると、彼女は今度こそ小会議室を後にした。


 静まり返った部屋には、私とレティシア校長の二人だけが残された。

「さて、リアラさん。私が何を言いたいか、おわかりでしょう」

「……はい」

 声色に怒りはない。だから余計に、約束を違えてしまったという罪悪感が、私の肩に重くのしかかる。私は顔を上げることができなかった。

 レティシア校長はため息とともに歩み寄り、小さなバッグから一本の鍵を取り出した。そして、私の凍えた手を取り、その鍵を包み込むように握らせる。

「今日は職員寮には戻らず、私の家に泊まりなさい。これは命令です」

 顔を上げると、深刻な顔で私を見つめていた。

「図らずも、あなたは多くの人々に『重要な関係者』と認知されてしまいました。犯人が誰であれ、今のあなたは格好の標的です」

 エマは倉庫群で何者かに襲撃された。職員寮の彼女の部屋に何者かが侵入した。一連の事件の犯人が誰なのか、単独なのか複数なのかということさえ、何もわかっていない。

 私の平穏な生活も、エマの行方も、あの黒い魔力の澱みのように闇の中へと飲み込まれてしまった。

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