第51話 エマの行方(7)会議
レティシア校長はすでに一報を受け、校長室の執務机に控えていた。
傍らでは、鋭い目つきの軍服姿の男が、レティシア校長と低い声で話し込んでいる。軍人特有の張り詰めた空気が室内に満ちていた。
ヴェロニカ副室長の後に続いて私が入室した瞬間、レティシア校長は大きく目を見開いて言葉を切った。その瞳に、にわかに動揺が走っていた。
校長と軍服の男が二、三言を交わすと、男は流れるような所作で敬礼を送り、肩で風を切るようにして校長室を辞していった。
レティシア校長がゆっくりと立ち上がり、私たちの元へ歩み寄る。
「報告は受けています。まもなく会議が始まります。時間がありません」
校長が私の前でぴたりと足を止めた。さきほどまでの「統治者の顔」ではなく、普段の彼女の顔だった。至近距離で見つめると、その瞳はかすかに揺れ、心配するような、あるいは後悔するような複雑な光を帯びていた。
「報告にあった『学校側の証人』とは、あなたでしたか」
「……はい」
この件には深く関わらないという約束を、私は踏みにじってしまった。
レティシア校長は一度だけ深く、重い吐息を漏らすと、引き締まった硬い表情で私に命じた。
「私があなたに証言を求めましたら、余計なことは言わず『事実と相違ありません』とだけ返してください」
反論は許さないという、強い声色だった。
大会議場へ移動する間、その言葉を呪文のように反復した。レティシア校長が用意したその短い一言が、どのような意味を持つのか、私にはわからない。ただ、レティシア校長を信じるしかなかった。
大会議場の扉を開くと、そこには息の詰まるような「会議」が待ち構えていた。
楕円形の大きなテーブルの向こう側には、先ほどの軍服の男――軍の将校と、門番のヴァルター。そして、渉外局のアーヴィング局長代理が座している。軍と学校の事務方が、テーブルを挟んで対峙するように、壁際に立っている。
退役軍人によって構成される渉外局は、学校の組織ではありながら、外部組織のような独立性を持ち、軍や国家機関との折衝を一手に担っている。アーヴィング局長代理は、白髪交じりの髪を後ろに撫で付け、手入れの行き届いた古い軍服に身を包んでいる。腕を組んだまま深く目を瞑り、石像のように微動だにしない。
私は所在なく学校の事務方の隣に立っていると、ヴェロニカ副室長が鋭い視線を向けてきた。
「あなたは座りなさい」
指し示された席の椅子を引き、腰を下ろす。
「本日は急なお呼び立てに応じてくださり、感謝いたします。これより、学校・軍の合同緊急会議を開始いたします」
一番奥にある議長席についたレティシア校長が、会議の開始を宣言した。室内の空気が一気に張り詰め、まるで気温が下がったかのように感じられた。
「事態は一刻を争うため、早速本題に移ります。先日より消息を絶っていた事務員エマ・リューデルにつき、新たな証言と事実が提示されました。まずは、軍側より経緯の説明を。ヴァルター一等哨戒兵、発言を許可します」
「読み上げます。『学校側からの指摘に基づき、校門守衛所において、受領済みの外出票を再照会した。その結果、エマ・リューデル名義の外出票が未提出である事実を確認。当該人物が校門を通過した形跡なしと断定し、直ちに学校側へと通報した』――以上であります!」
ヴァルターが天井まで震わせるほどの大声で読み上げた。
レティシア校長が私の方を向く。
「次に、通報の端緒となった学校側の証言に移ります」
その瞬間、すべての視線が私に集中した。軍人たちの冷徹な目、身内であるはずの学校職員たちからの鋭い視線。
「本校職員リアラ。ただいまの通告内容に、相違ありませんか?」
喉が張り付き、声が出ない。私は必死に息を吸い込み、校長から教えられた言葉をそのまま発した。
「事実と、相違ありません」
静寂の中で私の声が響いた。書記席からペンを走らせる音と、誰かが鼻を鳴らすような音だけが続いた。
私はレティシア校長から言われた通りの言葉を、そのまま発しただけだった。まるで私がいつ何を言うべきか分かっていたかのように。
会議はそこから、事務的な捜索計画の策定へとなだれ込んでいった。
私に与えられた唯一の役目を終えて、ようやく頭が働きはじめた。
多くの人がエマの捜索をすることになった。私一人が探すより、ずっと良い。だからと言って、喜んでばかりもいられない。軍と学校の両方の記録に、私の名前が残される。そのことで、今後どんな危険に巻き込まれることになるのだろう。
そして何より、エマは無事なのだろうか。
もし前室長が犯人だったとすると、彼が解任された昨晩から水や食事が運ばれていないことになる。エマの健康状態が心配だ。前室長に共犯者がいるなら、事態はさらに深刻だ。エマに顔を見られている犯人たちが、彼女の口を封じようとしないだろうか。
そんな私の心の裡を余所に、会議ではエリア責任者の選定、学校と軍の協力体制、投入人数などが次々と話し合われていく。
横を見ると、渉外局のアーヴィング局長代理は相変わらず腕を組んで目を瞑っている。眠っているようにしか見えないけれど、時折、その眉間には深く険しい皺が寄っていた。
天井の照明が目に痛い。目を瞑ればすぐに眠りに落ちてしまいそうだ。
窓の外では冷たい夜風が唸り声を挙げている。エマは今、この学校のどこかで、一人きりで凍えているのだろうか。
「――以上、全エリアの捜索を段階的に実施します」
「異議なし!」
会議場に響き渡る低い声に、私はハッとして集中を引き戻した。
レティシア校長は表情を変えず、冷静な口調で続けた。
「今晩中に、学生寮と職員寮を除く全エリアを、軍と学校の共同で捜索。早朝を以て、生活圏を含む全エリアの強制捜査に移行することが決定しました。本会議場は閉会後、直ちに合同捜査本部へと移行するものとします。これにて閉会を宣言します」
議長ベルが重々しく鳴らされた。
次の瞬間、ヴェロニカ副室長は背後に控える事務員に手短に指示を与え、会議場を飛び出していった。間もなく、木箱を抱えた事務員たちが入場してきて、やがて大会議場は雑踏と喧騒に包まれた。
私は震える手を隠すように、膝の上で強く握りしめていた。




