第48話 エマの行方(4)線
魔道具の制作を終えた後、私は通常業務の合間を縫って、密かに魔力を流してみた。指先に伝わる微かな熱量とともに、布越しでもわかるほど、じわりと青い光がにじむ。
私だけの魔道具。
その存在に、自然と足取りが軽くなる。早く部屋に戻りたくて、業務が終了するなり、私は食堂へと向かった。
私が好んで使っている窓際テーブルは、談笑する学生たちで埋め尽くされていた。仕方なく、私は職員専用のテーブルに腰を下ろした。
スープを啜りながら、ぼそぼそしたパンを口に運んでいると、背後から聞き慣れた快活な声がして振り向いた。
「あれっ、リアラ? こんな時間に食堂にいるなんて珍しいじゃん!」
トレイを抱えたミーナが目を丸くして立っていた。
「うん。今日は少し早めに部屋に戻りたくて」
ミーナは私の顔をじろじろと覗き込む。
「あんた、どっか調子でも悪いの?」
「別に、普段通りだけど」
「ふーん? まあいいや。じゃ、隣座るね!」
ミーナは遠慮なく隣の椅子を引き、トレイを置くなり身を乗り出してきた。目がらんらんと輝いている。
「ねえリアラ、聞いた? 学務事務の室長、捕まったんだって」
「そうみたいだね」
昨晩、学務事務室長が解任され、軍に拘束された。噂話に疎い私の耳にすら届くほど、その話題は学校中に轟いていた。
「でさでさ、ここからが本番! 室長、アマンダと不倫してたんだって!」
ミーナが声を潜めつつ、弾んだ声色で噂を披露する。
「アマンダ? 誰だっけ。どこかで名前を聞いたことあるような……」
「あんたさ、いい加減、名前覚えなよ」
ミーナは呆れたように額に手を当てた。
「春まで事務で働いてた、あの背の高い派手な子! ほら、廊下ですれ違うたびに香水の匂いがするって言ってたじゃん」
「……ああ、あの人」
「反応薄っ! 普通こういうのは、もっと食いつくとこでしょ」
まったく興味がわかない私を余所に、ミーナはどこからそんな噂話を仕入れてくるのかと感心してしまう。
「で、一番ヤバい噂。何だと思う?」
ミーナが声を潜めて真剣な顔をつくる。私はパンを飲み込み、少し考えてから答えた。
「……他にも愛人がいた、とか?」
ミーナは一瞬だけ呆気に取られた顔をした後、耐えきれないように吹き出した。
「あはっ! それはそれでおもしろそう! でも、ハズレ」
くすくすと笑いながら、ミーナは私の耳元に顔を寄せて小声で続けた。
「室長、着服してたって」
「……着服?」
「そう。しかも結構な額らしいよ。だから軍が出てきたんじゃないかって話」
「それ、本当? もっと詳しくわかる?」
私の食いつきに、今度はミーナのほうが驚いたように目をまたたいた。
「不倫より着服のほうが気になるわけ? あんた、堅いっていうか、渋いよねぇ」
「普通じゃない?」
「いや、普通は逆! 逆なの!」
ひとしきり騒いだ後、ミーナはふと視線を落として、手元のサラダをフォークでつついた。その横顔に、一瞬だけ陰りが差した。
「……エマ、いなくなる前にさ、室長と言い合いしてたんだって。嫌気が差して逃げたんならいいけどな。……あの子、大丈夫かな」
「……無事だといいけど」
私の脳裏に、あの荒らされた部屋と、二重天板の中に隠されていた不正会計の報告書が浮かぶ。
「もー、しんみりしないの!」
自分から暗い話を振っておいて、無茶苦茶なことを言う。けれど、努めて明るく振る舞うミーナの笑顔に、私の心が少しだけ救われることがあるのも確かだった。
自室に戻り、私は一人、頭の中にある考えを整理した。
エマは不正会計の報告書をしたためていた。その報告書の宛先は、他ならぬ学務事務室長だった。そして、真偽は確かではないが、その室長には着服をしていたという噂がある。室長が解任されたことは疑いようのない事実だ。
エマは室長と口論になった後、行方不明になった。それから、彼女の部屋は何者かに徹底的に荒らされていた。侵入者はおそらく、報告書を捜索していた。
バラバラだった点が、一本の線となって繋がりはじめる。
窓越しに聞こえる風の音が、誰かが忍び泣くような声に聞こえ、私は自室から飛び出した。




