第47話 訓練(10)魔道具の制作
翌日の昼過ぎ、私はフェリックス先生の研究室に呼ばれた。いよいよ魔道具を制作する準備が整ったとのことだった。
磨き上げられた蒼晶は、夜明け前の空のような深い藍色をしていて、穏やかな光を湛えていた。
加工が得意な研究員が母岩を削り、形を整えてくれた。丸みのある三日月のような形で、シオリの描いた洗練された涙型とは違うけれど、私にはこちらの形のほうが合っている気がしてくる。
「さて、蒼晶そのものは光りません。魔力を蓄積して、一定以上の強さで供給されて初めて反応します」
フェリックス先生は、いつもの穏やかな表情のまま、説明を続けた。
「ですので、こちらの、魔力で光る塗料でコーティングします」
私の前に、小さなラベルが貼られた瓶が置かれた。その蓋を開けると、ツンとする臭いが立ち昇った。
「……結構、臭いが強いですね」
「乾くと臭いがしなくなりますから大丈夫です。ですが、乾かないうちに、肌につかないように気をつけてください。何日間も肌が光ってしまうことになりますよ」
フェリックス先生の手元には別の石が置いてある。先生は小筆を手に取り、ほんの少量の塗料を筆先に付けて、手元の石に塗料を伸ばした。
「このように、薄く、均等に塗ります。塗りすぎると魔力が透過しづらくなります。……さて、リアラさん。蒼晶を裏返してください」
「はい」
「まずは、蒼晶の裏側に、塗料を塗ってみましょう」
震える手で筆先に塗料を付けて、蒼晶の裏面に薄く塗り広げた。塗料の量が足りなくて、端の方まで塗料が届かない。
思わず息を止めていて、筆を置いたときに、慌てて呼吸をした。
「少ないくらいがちょうど良いです。塗りきれていない部分は、あとで塗りましょう。さて、乾くまでの間に、石座とチェーンの説明をします」
フェリックス先生は、机の上に置かれている金属の箱を開いた。その中には、銀色に近い灰色をした半透明の何かが入っている。蒼晶と同じような三日月の形をしていて、隅には毛のようなものが着いている。なんとも不思議な形をしている。
「石座には、このリザタイトを使います。……リアラさん、触れてはいけません」
私が不用意にリザタイトと呼ばれるものに手を伸ばすと、フェリックス先生はいつもより少しだけ大きな声で注意した。私は驚いて手を引っ込めた。
「リザタイトは魔力が流れると、その魔力や石に合わせて形状が変化します。ですから、もし不用意に触れると、形が崩れて石との接合が弱くなります。一方、その性質を利用して石と強く接合すると、使えば使うほど馴染むというわけです。この石座から伸びている髭のようなワイヤーに魔力を流すと、蒼晶を固定できます。……ここまでで質問はありますか?」
フェリックス先生はピンセットでリザタイトを指しながら説明してくれた。優しい眼差しを向けて、私が話についてきているか確認してくれている。
「はい、大丈夫です」
私が頷くと、フェリックス先生は金属の箱の蓋を閉め、その隣に置かれている銀色の細いチェーンを手でつまみ上げた。
「こちらは魔力収集効率が高いもので、伝導率は高くありませんが、初心者でも扱いやすいものです。扱いに慣れてきましたら、より伝導率が高いものに交換しても良いでしょう。こちらのチェーンを手にとって確かめてみてください」
私の前に置かれたチェーンを、慎重に持ち上げてみた。
「……とても軽いです」
「そうでしょう。とても軽い金属です。簡単には千切れたりはしませんが、誤って首が締まってしまうほどの丈夫さもありません」
先生は木の枝のような細い棒で蒼晶を軽く突いて、塗料が乾いていることを確認した。
「……さて、そろそろ乾いたようです。石の表側にも塗料を塗りましょう」
私はさきほどと同じ要領で、そっと筆先に塗料を付けて、塗料を伸ばした。
「お上手です」
「裏面よりも綺麗に塗れたと思います」
私がそう言うと、フェリックス先生が優しく微笑んだ。
「乾くまでしばらく待ちましょう。……ところで、例の本は読みましたか?」
例の本――フェリックス先生から譲られた本は禁止図書だった。悪気があるとは思えないけれど、譲られる時に「人前では読まないほうがよい本の類」と念押ししてきたことから、少なくとも先生には認識があったはず。
「先生、あの本は禁止図書とわかっていたのですよね?」
「確かに禁止図書に指定されていますが、所持していても何の問題もありません」
「どういうことですか?」
「禁止図書にもいくつかの区分があります。あの本は、何も聞かれずに回収してくれる程度のものです。北の諸国では広く流通している本ですから、いまだに国内に持ち込まれることがありまして、回収に協力したら感謝されることはあっても、罰せられることは決してありません」
「……そうだったのですね。禁止図書とわかったとき、倒れそうになりました」
フェリックス先生は、ほっ、ほっ、ほっ、と笑った。
「人前で堂々と読まなければ大丈夫です。……さて、最後の工程に移りましょう。ここからは、私も少しだけお手伝いをします」
先生は金属の箱の蓋を開き、箱の四隅を固定している留め金を丁寧に解いた。
箱の壁がぱたりと倒れ、半透明の素材がふわりと宙に浮きはじめた。親指の長さくらいの高さで制止した。
「私が石座に蒼晶を乗せたら、リアラさんはワイヤーを握って、ゆっくりと魔力を流してください。魔力を流しますと、蒼晶と石座が接合します。わからないことはありますか?」
「大丈夫です」
先生は、蒼晶を木製のハサミで持ち上げ、リザタイトの上に乗せるように押し付けた。
「さあ、今です。魔力を流してください」
緊張で手から汗が吹き出してくる。大きく深呼吸をして、手の汗を拭う。
震える手でワイヤーを握った。
魔力を受けて、蒼晶の表面が光を放つ。
リザタイトの石座が、まるで生き物のように、じわじわと蒼晶に絡みついていく。しばらくすると、石座がまったく動かなくなった。
「この段階まで来ましたら、手で触れても大丈夫です。最後に、チェーンを繋ぎましょう」
恐る恐る、蒼晶をつまみ上げた。
蒼晶と石座がぴったりとくっついていて、石座の上部にはチェーンを通すための穴が開いている。
私は、そっと、チェーンを通した。
「……できた」
思わず呟くと、フェリックス先生が静かに頷いた。
「おめでとうございます。完成です」
シオリの描いた図案とは違うけれど、手のひらに乗せると、不思議としっくりくる。光を受けて、深い青がふわりと浮かび上がる。
「着けてみてもいいですか?」
「はい。リアラさんの魔道具です。ぜひ身につけてください」
胸にかけると、蒼晶が肌に触れて、ひんやりとした感触がした。




