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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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45/56

第45話 エマの行方(2)宣誓に隠されて

 昼食を終えた頃、作業再開の連絡が届いた。学校側の対応は「当該エリアの警備を強化する」という、いかにも聞き慣れた定型句だった。

 職員寮の窓から見える位置には、ガルドが眼を光らせて待機している。何かあればすぐに駆けつけてくれるらしい。私が軽く会釈してお礼を伝えると、「気にすんな。緊急手当を稼げる絶好の機会だ」とうそぶいて見せた。

 警備の初期調査によれば、部屋からは金目の貴重品はすべて持ち去られていたという。

 肩もとで跳ねる明るい栗色の髪を指でいじりながら、ミーナが首を傾げた。

「泥棒が盗んだのかなあ?」

「……あるいは、エマが自分ですべて持って行ったのかも」

「あー、それもありそう」

 何者かが窓から侵入したのは事実だとしても、何を盗んだのかまではわからない。もしエマが自らの意志で行方をくらましたのなら、身の回りの品を持って行くのは当然の帰結だ。

「じゃあ、はじめよっか。私はクローゼット側をやるから、あんたは机の周りをお願い」

「はーい」

 二人一組の作業では、いつもミーナが自然と指揮をとる。良く言えば牽引力があるし、悪く言えば人を振り回すタイプだ。私にとって、余計なことを考えず作業に没頭できるから、この関係はとても気楽だった。

 私は机のそばに木箱を引き寄せ、散乱した物品の整理に取り掛かった。

 棚から叩き落とされ、床に散らばった小物たちをひとつひとつ拾い上げていく。机の引き出しは乱暴に掻き出され、中にはほとんど物がなかった。

 ふと足元をみると、無惨に引き裂かれたぬいぐるみが転がっていた。引き出されていた綿を丁寧に押し込むと、それは小さなしっぽのあるウサギの形を取り戻した。

 酷く荒らされてはいるものの、机や棚の隅々に埃がひとつもない。エマがこの場所をどれほど大切に掃除していたかが、痛いくらいに伝わってきた。

 机の天板を持ち上げた。そこには『エマ・リューデル』と、はっきりした筆致で署名された、羊皮紙の宣誓書が収められていた。

 魔法学校の職員は、着任時に職務規則を遵守する宣誓書に署名する。寮住まいの職員は、この二重天板の中に宣誓書を保管する決まりになっている。本来は額に入れて壁に掛けることが推奨されているけれど、そんな殊勝な職員は見たことがない。

 ふと、宣誓書をどう扱うか指示を受けていなかったことを思い出した。

 退職時には学務事務に返却する規則だ。宣誓書は身分証明にもなるため、悪用されれば校外近隣の家を借りたり、金を借りたりすることもできてしまう。

 学務事務に返却したほうが無難そうだ。

 そう思って、宣誓書を手に取った瞬間、その裏側に数枚の紙が隠されていたことに気がついた。

 それは報告書の書式だった。最上段の宛名には、学務事務室長に取り消し線が引かれ、校長と記載されている。その下に記された不穏な題名を目にした途端、私の心臓が跳ね上がった。

 『不正会計の疑いについて』

 指先から全身へ、しびれるような緊張が走る。

 侵入者はこれを探していた、と直感が告げている。

 ミーナに相談すべきか。でも彼女は用務員業務の相棒としては頼りになったとしても、秘密を抱えることには向いていない。噂好きな性格だから、きっと悪気なく口を滑らせてしまう。

 もしもその噂をあの窓から入った侵入者が耳にしたら――。

 この報告書に書かれている内容が事実ならば、エマの行方不明と無関係とは思えない。私たちの手に負える範疇を遥かに超えた、深い闇が潜んでいる。

 私は小さく頭を振って、必死に考えた。

 ここから持ち出すしかない。

 私は大きく息を吸い込み、裏返りそうになる声を必死に抑えて呼びかけた。

「ねえ、ミーナ。宣誓書を見つけたんだけど……これ、事務室に届けてきてもいいかな? 後で紛失したって言われたら嫌だし」

「あー、確かにね。持ってったほうがいいんじゃない?」

「了解。すぐ戻るね」

 そっと宣誓書の間に報告書を挟み込み、私が歩き出そうとすると、ミーナがふいと顔を上げた。いつになく真剣な顔つきをしている。

 心臓が止まりそうになった。平静を装ったつもりだったのに、勘付かれてしまったのだろうか。

「君、やる気に満ち溢れてるねえ。おねがーい」

 普段通り、おどけた口調だった。無駄に上昇した心拍数を返してほしい。

 宣誓書に挟み込むように報告書を忍ばせて、私は部屋を飛び出した。


 外の冷たい風が、肺の奥まで凍らせようとしてくる。

 見て見ぬ振りをして箱に詰める選択肢もあった。けれど、もし搬出された箱を何者かが検閲したら――。その中からこれが見つかれば、関わった私たちが狙われる番になるかもしれない。

 どうしてこんなものを見つけてしまったのだろう。見つけてしまったものは仕方がないと割り切ることなんてできない。呪われているとしか思えない。

 息を切らして校長室前のカウンターへ辿り着いた。

「すみません……レティシア校長は、いますか?」

 私の尋常ではない様子をみて、秘書のアナベルは驚きに目を見開いた。

「今は会議中で、夕方には戻られる予定だけれど……急用よね?」

 目の前が真っ白になった。

 私たちが守られる唯一の希望だったのに。

 動揺するな、震えるなと自分に言い聞かせ、必死で頭を働かせる。

 アナベルは間違いなく口が堅い。信用に足る人物だと、本当にそう思っている。とはいえ、無関係の彼女を、この危険に直接巻き込むわけにはいかない。

「リアラさん、大丈夫?」

 黙り込んだ私を、アナベルが案じるように覗き込む。彼女の視線が、私が握りしめている紙に向けられた。

「それを渡したいのね? それなら――」

 アナベルは私の意図を察したように、声を落として、静かに続けた。

「――私が立ち会う形で、執務机の上に置くことができるから、そうする?」

「お願いします!」

 アナベルの案内で、私は誰もいない校長室へと脚を踏み入れた。執務机の上に、宣誓書を隠すようにして報告書を置く。

 部屋を出て、アナベルに「ありがとうございます」と頭を下げると、彼女はいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべ、「いいえ。お仕事おつかれさま」とだけ答えた。

 彼女の徹底した仕事と、その中にある優しさが、今の私には救いだった。

 その後、私は息を切らしたまま、再びエマの部屋へと戻った。

「おかえり。早かったね……って、あんた、まさか走ったの?」

 肩で息をする私を見て、ミーナは大笑いした。

 実際には、ほんのわずかな時間の出来事だったのかもしれない。けれど、私にとっては命を削るような長い時間だった。

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