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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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第42話 訓練(8)重要素材

 エリオット先生の釈放以降、放火事件についての進展はなかった。

 エルンが鐘楼の記録を調べてくれた。火災の発生時刻は第七刻前後。その直前の警備報告には、倉庫エリアでの不審人物の目撃は一件もない。鍵の管理記録も調べてくれたけれど、事務局の鍵は日中に担当職員が持ち出し、返却されていた。鍵が開いている間に誰が出入りしたかまでは、管理記録からはわからない。

 レティシア校長との約束を違えない範囲では、調べられることはこれが限界だった。

 火災事件を経て、私の中には大きな変化があった。意識して人の顔と名前を覚えるようになった。

 警備員については、直接本人に訊くしかないと思っていた。私が知っているのはロレンゾ、マンフリート、エルン、ブラムの四人だけ。そのはずだったのに、警備員たちは私を見かけると、挨拶がてら名乗ってくれるようになった。……例の「噂」と「賭け」の結果だと思うと、複雑な心境だ。

 また、いつも騒がしい学務事務室では、職員たちが大声で名前を呼び合う習慣がある。事務室に立ち寄ったときには、そっと耳を立てて顔と名前を一致させるのが、私の日課になりつつある。

「この荷物、なぜかあなたが運ぶことになってるの」

 今日も運搬の依頼を受けて事務室へ向かうと、顔なじみの事務員、マルグリットがカウンターに小さな木箱を置いた。

「『重要素材』だって。何か知ってる?」

 通常、校内の小荷物の運搬は連絡員の仕事だ。人数が必要なときに用務員が呼ばれることがあったとしても、わざわざ用務員が指名されるなんて聞いたことがない。宛先をみると、レティシア校長の名前があった。

「大事な荷物が届くって前に聞いてたから、それかも」

「ふうん。あなたへのプレゼントだったりして。あなた、校長のお気に入りだもの」

 マルグリットは悪気なく、無邪気な調子でからかってくる。

「お気に入り?」

 確かに良くしてもらっている自覚はあるし、校長の私邸に出入りしているのも私くらいだと思う。けれど、周囲からそう思われているなんて考えたこともなかった。

「お気に入りだったエリス先生がいなくなったでしょ。次のお相手はあなたってことね」

「ちょっと待って。エリス先生は背が高くて、とんでもなく美人だよ。私なんかちんちくりんだし、ぜんぜん違う。それに、お相手って……」

 エリス先生と私が比べられるなんて、恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。

 マルグリットはからりと笑い、肩をすくめた。

「あら。違った? ……さて、そろそろ仕事に戻らなきゃ。ただでさえ忙しいのに、人が減っちゃって大変なの。お互いがんばりましょ」

 彼女が軽く手を振り、私もそれに応える。

 私は「重要素材」を抱えて校長室へと向かった。

 カウンターに控える秘書のアナベルに運搬の旨を伝えると、彼女は流れるような所作でドアをノックした。

 アナベルは常にこの場所にいる。誰かに名前を呼ばれる機会も滅多にないから、私は直接本人に名前を訊くしかなかった。

 そのときの、ほんの一瞬だけ浮かんだ、深く傷ついた顔が、今も頭から離れない。

 それ以来、私は意識的にこちらから挨拶をして、仕事の邪魔にならない程度に声をかけるようにしている。アナベルは気にしていない風を装っているけれど、私はどうしても申し訳なさが消えない。自分の「無関心さ」が、意図せず誰かを傷つけてしまうことがあるなんて。

 校長室の中から応答の鈴が鳴り、アナベルがドアを開けた。

「リアラさんが見えました」

「どうぞ」

 部屋の中からレティシア校長の声がした。

 アナベルに軽く会釈をして、軽く呼吸を整えてから校長室へ足を踏み入れた。

「重要素材です」

「ついに届きましたか」

 小箱を机に置くと、レティシア校長の目がぱっと輝いていた。普段は落ち着いた大人の女性なのに、時折こうして年齢を感じさせない無邪気さを見せることがある。

 魔法学校に届く荷物は集荷所で検閲され、危険物ではないことが確認されている。それでも規則上、受け渡しの際に開封確認するか訊ねる規則になっている。

「箱、開けますか?」

「いいえ、私が開けます」

 レティシア校長は、待ち切れないように封を切り、蓋を持ち上げた。中には、赤子の拳ほどの大きさの石がひとつ。どう見ても、ただの石ころにしか見えない。

 覗き込む私の視線に気づいたのか、レティシア校長が柔らかく微笑んだ。

「何の変哲もない石に見えるでしょう?」

「はい。もっと、こう……キラキラした宝石のようなものを想像していました」

 正直な感想を漏らすと、レティシア校長はその石をそっと裏返した。

 青い結晶が光を受けて、ほのかに輝いた。

「これは原石ですので、結晶以外の余分な石――母岩を削り取り、磨きます。そうすれば、サファイアのような深い青みのある結晶石になります」

「私に、何か手伝えることはありますか?」

「とても難しい工程ですので、加工の得意な研究員にお任せすることになります。もう少しの辛抱です」

 第二研究棟に併設されている工房には、いろいろな機械がところ狭しと並んでいる。何度か入ったことがあるけれど、大きな機械が通路を塞いでいて、まるで迷路のようだった。きっと、あの工房で原石を加工するのだろう。

 レティシア校長は、私に原石を手渡した。少しだけ重くて、ひんやりとしている。母岩を削っても、かなりの大きさになりそうだ。

 シオリが描いてくれたペンダントの絵と、目の前にある石が頭の中で結びつかない。

「どんな形になるのか、まだちょっと想像できなくて」

 原石を箱に戻そうとしたとき、青い結晶部分が光に反射してキラリと輝いた。思わず顔を近づけて見入ってしまう。

 レティシア校長が小さく笑った。

「綺麗でしょう。完成が、本当に待ち遠しいです」

 その横顔が、なんとも嬉しそうで、心が暖かくなる。

 私は喜怒哀楽を表に出すのが下手で、気の利いた反応ができない。でも、本当に嬉しい。

 この気持ちを言葉にしなくても、レティシア校長に伝わっている。そのことが、何よりも嬉しかった。

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