第40話 鐘の音(5)警備員たちの証言
翌日、私は日常業務の合間を縫って、証拠集めに動くことにした。
倉庫群の隅にある警備員詰所を覗き込むと、あの火災現場にいた赤茶けた髪の警備員が私に気づき、鉄のドアを開けた。
「よう。何か用か?」
「こんにちは……あの、すみません。私は用務員のリアラ、です」
「知ってるさ。急にどうした?」
「ええと……名前を……」
自分でもわかるほど、しどろもどろだった。やっぱりこういうのは苦手だ。
すると警備員は目を丸くした後、肩を揺らして笑い出した。
「おいおいおいおい! こりゃあ、噂は本当じゃねーか!」
噂? 聞き捨てならない言葉を聴いた気がする。
そんな私を余所に、警備員は詰所の中へ向かって声を張り上げた。
「おーい、すぐにこっちに来てくれ!」
奥から「ちょっと待て!」と返事が聞こえる。目の前の警備員は「いいから早く! 傑作だぞ!」と笑いながら叫んでいる。
何かとんでもなく恥ずかしいし、良くない噂が広まっている気がして、そわそわする。
「何だよ、ったく……」
ぶつぶつ文句を言いながら出てきたのは、あの黒髪の警備員だった。
「おお? リアラじゃないか。おつかれ。……で、何かあったのか?」
「か、賭けが、当たってそうだぞ」
笑いすぎて声が上ずっている。なんて失礼な人だ……と思いながらも、「噂」の次は「賭け」という言葉が出てきて、嫌な予感しかしない。
黒髪の警備員が、少しだけ怒気を含んだ声で相棒を制した。
「おい、いい加減にしろ。本人が困ってるだろう。……すまないな、リアラ。こいつが言っているのは……まあ、あれだ。君が警備員の名前を一人も覚えてないんじゃないかって、警備員たちの間で賭けの対象になっていたんだ」
どうせそんなことだろうと思っていた。
「ところで、本当にこいつの名前を知らないのか?」
「……うん」
「もしかして、俺も?」
「……そう」
正直に答えると、黒髪の警備員は顔を手で覆って、天を仰いだ。
「マジか。それは……まずいだろ。いろいろと」
「ごめんなさい」
「いや、謝られても困るんだが。俺はエルン。この馬鹿みたいに笑っているのがブラムだ。おい、ブラム。いい加減にしろ」
「エルン……ブラム……」
忘れないように、頭の中で何度も復唱する。
ブラムと呼ばれた警備員は、ひいひいと笑い転げて、目に涙を溜めている。
「だって、お前。こりゃ……やべーだろ……」
息も絶え絶えに話しながら、エルンの脇腹を肘で小突いた。
「わかった、わかった。落ち着けっての。……で、リアラはどうして急に名前を知りたがってるんだ? 誰か偉い人にバレて怒られたか?」
「叱られたのはそうだけど……そうじゃなくて。火事があった日のことを、詳しく聞かせてほしかったから」
その瞬間、エルンの表情から余裕が消えた。ブラムの笑い声も、まるで糸が切れたようにぷつりと止まる。
「……その話は、ここじゃまずい。ひとまず中に入れ」
さっきまでの軽い空気が一変し、私たちは詰所へ入った。
詰所の中はそれなりに整頓されていた。壁には槍や警棒がきちんと掛けられ、机の上には帳面が積み重ねられている。窓から差し込む光に、舞い上がった埃がふわりと揺れていた。
「俺たち以外の誰かと、火事の話をしたか?」
「レティシア校長だけかな」
エルンは顎に手を当ててしばらく考え込んだ後、厳しい口調で言った。
「それなら問題ないが……訊く相手には注意しろ」
「エルンの言う通りだ。下手に首を突っ込むと、頭ごと持っていかれるぞ」
横からブラムが物騒なことを言い足した。冗談めかして言っているけれど、今は真顔だった。
エルンは真剣な顔つきのまま、声を落とした。
「答えられることなら答える。何が聞きたい?」
「いくつかあるんだけど……火災の発生時刻はわかる?」
「それは鐘楼に確認すればすぐわかるが……用務員の君が問い合わせるのは不自然だな。わかった。俺が聞いておく。報告書のためだと言えば大丈夫だろう」
「ありがとう。それと、エリオット先生は、どうして監守所に連れて行かれることになったの? 理由が知りたくて」
「ああ。連行したのは俺だ。命令書がある」
エルンは棚から一通の書面を取り出した。そこには、エリオット先生を監守所に連行する旨が記され、一番下には――レティシア校長の署名があった。
「レティシア校長の、署名……?」
私が小さくつぶやくと、エルンがはっと目を見開いた。
「校長は、連行理由を知らない? そう言っていたのか?」
「うん。警備員に聞きに行きなさいって」
その言葉を聞いた瞬間、エルンとブラムが同時に低くつぶやいた。
「そうか……」
「参ったな、こりゃ。いよいよ、やべー話しになってきたぞ」
ブラムが頭をかき、詰所の空気が一気に重くなる。
私は手渡された命令書に目を落とした。
「放火の疑い……」
髪の端は少し折れ曲がり、急いで作成されたような跡がある。
エルンは腕を組み、低い声で言った。
「ああ。連行理由は、書いてある通りだ。命令書には従ったが……この理由はおかしいって話をしてたんだ」
「理由がおかしい?」
問い返すと、エルンは一呼吸をおいてから、まっすぐに私の目を見た。
「順に話す。あの先生は、中には古い本があると叫びながら、必死にドアを叩いていた」
「ドアを叩いていた……?」
「そうだ。あの先生は部屋の中に入ってない。建物から外に連れ出したのは、あくまでも安全確保のためだった」
ブラムが深く頷づいた。
「ああ、それは俺も断言できる。消火隊の連中、ドアが開かねえって言って鍵を取りにいった。それで消火の開始が遅れたんだ」
エルンが眉間に皺を寄せ、ブラムも険しい顔つきになっている。
エリオット先生は部屋に入っていないのに、放火の犯人として連行された。部屋に入っていないことは、消火時に施錠されていたことから明白だ。この証言だけでも、エリオット先生の潔白に近づける。
でも、まだ疑問が残っている。
「どうしてエリオット先生が倉庫にいたかわかる? ごめん、わかったらでいいんだけど」
私が恐る恐る尋ねると、ブラムが「ああ」と短くつぶやき、背中を壁に預けながら答えた。
「あの先生は、休日の昼過ぎにはいつも倉庫エリアに来るんだよ。目録をつくってるんだと。学校が休みだってのに、毎回だ。先生ってのは、すげーよな」
――犯人は、エリオット先生が休日の昼に倉庫に来ることを知っていた?
「リアラ。この件に動きがあれば、俺たちから直接校長に報告する。この命令書は、今すぐに校長のところに届けてくれ」
私は命令書を手に取り、深く頭を下げた。




