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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
39/40

第39話 鐘の音(4)無実の根拠

「リアラさん。あなたは、エリオット先生を釈放することを望んでいるのね?」

 その問いに、私は迷わず頷いた。

 食後の温かさがまだ胸の奥に残っているのに、レティシア校長の表情が引き締まった瞬間、周囲の空気がひんやりと緊張を帯びる。

 私は姿勢を正し、校長の次の言葉を待った。

「あなたがすべきことは定まりました。……ですが、あなたは捜査の専門家ではありません。どうすれば先生を釈放できると考えていますか?」

「……真犯人を見つけるのが一番だと思っています」

「それは……ずいぶんと、大きく出ましたね」

 その言葉に胸がちくりと痛んだ。

 エリオット先生は犯人ではない。だから、どこかに真犯人がいるはずだ。私は真犯人さえ見つければすべてが解決すると、どこか安易に考えていた。

 レティシア校長は諭すような声で続けた。

「あなたの目標は『エリオット先生の釈放』です。真犯人を捕まえられなくても、エリオット先生が犯人ではないと『自然に考えられる根拠』があれば、釈放は可能でしょう」

「自然に、考えられる根拠……」

 そんな発想は、私の頭の中にはなかった。

「具体的に、どのような事実を集めたらよいと考えますか?」

 問いかけられ、私はしばらく逡巡した。頭の中で道筋が見えていない。

「ええと……火元には時限式の魔道具がありました。それは証拠になりますか?」

 口にしながら、自分でもそれが弱い主張だとは分かっていた。答えを待たずに、頭の中で容易に否定が思い浮かんでしまう。

「でも、私が現場から勝手に持ち出したものは証拠になるでしょうか……たとえ私が持ち出していなかったとしても、先生がそれを使った可能性が残りますよね。だったら、どうすれば……」

 考えれば考えるほど行き止まりにぶつかり、私の声が次第に小さくなっていった。

 レティシア校長は私を見つめたまま、一言ずつ置くように言った。

「リアラさん。証拠というのは、ひとつの事実だけで成立するものではありません。複数の細かな事実が積み重なって、初めて『自然にそう考えられる』という形になるのです」

 私は決定的な一撃を求めていたけれど、そんなものは最初から存在しないのかもしれない。

「質問を変えましょう。今回の火災について、あなたが率直に疑問に思っていることを教えてください」

 そう促され、私は今日一日ずっと胸につかえていた疑問を口にした。

「ひとつは、どうしてエリオット先生が火事の現場にいたのか、先生は何をしようとしていたのか、です」

「ええ。大事な点です」

「もうひとつは……誰がエリオット先生を監守所まで連れて行ったのか。その人は、どんな証拠を持っていて、先生を『犯人だ』と断定したのか……気になっています。校長のお話を聞いてからの思いつきですけど」

 言葉にしてみると、道筋が見えてきた気がした。

 レティシア校長は深く頷き、私の目をまっすぐ見つめた。

「その二つは、どちらも『エリオット先生が犯人ではないことを示す』ための根拠に成り得ます。先生が現場にいた理由。連行した人物の行動や証拠。それらに矛盾があれば、先生の無実を説得できるでしょう」

 その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。

 私は真犯人を追う必要はない。ただ、エリオット先生が「犯人であるはずがない」と示せばいい。

「客観的な事実も必要です。例えば……時間です。火災が発生した時刻よりも後に、エリオット先生が通用門を通過していたという記録があったとしたら、先生は犯人と言えますか?」

「いえ、犯人ではないです」

「そういうことです。やるべきことが見えてきましたね」

 情報を集め、事実を積み重ねる。

 レティシア校長は私の目を見続けている。けれど、その瞳の奥には、先ほどまでの厳しさとは違う、かすかな不安が滲んでいる。普段は毅然としている彼女の唇が、ほんのわずかに震えていた。

「リアラさん。これだけは約束してください」

 私は静かに頷いた。

「逐一、私に報告すること。そして、私が中断を命じたら、素直に、手を引いてください」

 その言葉は命令ではなく、祈りのように聞こえた。

 自分がすべきことを頭の中で整理しはじめた私を、レティシア校長が不意に冷ややかな視線で射抜いた。

「ところで、リアラさん。……あなたは警備員の名前を覚えていないのではありませんか?」

 思わず背筋が凍りついた。

 用務員になって間もない頃、職員規則として「互いに名乗って挨拶をする」という決まりがあったけれど、私は早々に名前を覚えることを放棄していた。

 もともと、人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。正直に言えば、面倒くさい。

 レティシア校長は呆れた顔をしている。

「やはりそうでしたか。あなたが火災現場に来てくれたことは、警備員から報告を受けています。ですが、リアラさん。あなたは彼が誰だったのかも知らないのでしょう?」

「はい……わからないです」

「職員規則に『警備員の顔と名前を覚えること』とあるのは、不審者を識別するためです」

 これは叱られている。ぐうの音も出ないほど、完全に私が悪い。

「覚えようとは、思っているのですけど……」

「思っているだけでは覚えられません」

「はい……」

 レティシア校長は大きなため息をついた。

「まったく。あなたは危険な事件に首を突っ込む覚悟はあるのに、警備員の名前を覚える覚悟はないのですか」

「そ、それは、その……」

 図星すぎて言葉が出ない。

「ええ、わかっています。他者に興味や関心がないのでしょう?」

 レティシア校長は笑みをつくった。けれど、目がまったく笑っていない。正直、怖い。

「……努力します」

「努力してください。まずは、火災現場にいた警備員の名前から覚えましょう。彼は重要な証人になる可能性があるのですから」

 レティシア校長の言葉に、私は小さく頷いた。

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