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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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第34話 訓練(6)交渉と禁忌

「まあ、なんて愛らしい意匠でしょう! こちらも……あら、これも実に可憐ですね」

 レティシア校長は目を輝かせながら、シオリの描いた絵を食い入るように見つめている。弾むような、まるで歌うようなその声を聞いているだけで、こちらまで自然と頬が緩んでしまう。

「どれもあなたによく映えます。身につけた姿を想像するだけで、胸が高鳴ってしまいます」

 満面の笑みを浮かべたままレティシア校長は私に視線を向けた。あまりにもまっすぐな視線に、つい恥ずかしくなって俯いた。自分で顔がひきつっているのがわかる。

 大きく深呼吸をしてから、私はようやく顔を上げた。

「シオリに描いてもらいました」

 レティシア校長は一瞬だけ動きを止め、驚きに目を見開いた。

「一年次のシオリさん? あなたたち、ご友人同士でしたの?」

「図書室で顔を合わせることが多くて。その……私は、友達だと思ってます」

 シオリは私のことを友達だと思ってくれているだろうか。こうして言葉にするまで考えたことがなかった。私にとって、シオリはこの学校に来てから初めて心を許せる仲だと思っている。シオリもそうだと思っていてくれたら嬉しい。

「驚きました。あなたが側にいてくれるなら、シオリさんもきっと心強いでしょう。あの子は遠くから来ていますから、我が校には身寄りもいないはず。……リアラさん、これからも仲良くしてあげてくださいね」

 憂いと慈しみが混じる表情に、心音が高鳴った。レティシア校長は彫刻のような凛々しさのある顔立ちなのに、今はまるで包み込むような表情をしている。

 同時に、シオリが成績優秀者として校長室に呼ばれていたことを思い出した。シオリがこうしてレティシア校長に認められていることがわかると、どういうわけか私まで誇らしい気持ちになる。

 私は、フェリックス先生から言われていた順番を思い出し、鞄から紙束を取り出した。

「フェリックス先生から預かってきました」

「ええ、拝見しますね」

 レティシア校長は受け取った紙に目を通しはじめた。

「蒼晶を主材に……。ええ、確かによく似合いますし……。接合部にリザタイト? そうね、負荷を考えれば理に適っています……ですが……」

 レティシア校長が小さな声で独り言を漏らしている。なんとなく想像していたけれど、それなりに値が張る素材なのだろうということは、眉間の皺から察せられた。

「さすがは、フェリックス先生。技術も構想も、非の打ち所がありません……」

「どうでしょうか?」

 レティシア校長は顔に手を当てて、しばらく沈黙した。

 やがて、小さくため息をつくと、観念したように力なく笑った。

「許可いたします。これ以上の選択は、きっと他にありませんもの」

 その言葉を聞いた瞬間、私の身体中から力が抜けた。交渉事など経験のない私は、レティシア校長が考え込んでいる間、手が痛くなるほど拳を握りしめていた。

 絵を先に見せて、その後で申請書を見せる。よく考えれば当たり前の順番だけれど、フェリックス先生に教えられなければ、私はきっと逆の順番で渡してしまっていた。先に高額な請求書を見せていたら、結果は違っていたかもしれない。

 魔法学校に来てから、初めての経験ばかりだ。

 違う。あの盗難事件に巻き込まれてから、私の人生は変わってしまった。

 それが良いことなのか悪いことなのか。答えが出るのは、きっと何年も先のことになると思う。

 業務を終えた私は、吸い寄せられるように図書室へ向かった。

 フェリックス先生から受け取った本を一刻も早く読みたい。だけど、職員寮の自室では、どうにも本を読む気持ちになれそうにない。

 カウンターの向こうには、いつもの司書が気だるげに頬杖をついている。私が近づくと、ゆっくりと顔を上げた。ばさりという音が聞こえそうなくらいに長いまつ毛を揺らしている。

「ん。何か用か」

「ブックカバーはありますか」

「どんな本だ? 大きさを知りたい」

 私は本をカバンから取り出した。焦っていたせいか、何も書かれていない裏表紙を上にしてカウンターに置いてしまった。

「ウチで管理している本じゃないな」

 そうつぶやきながら本を手に取り、表に返した。その瞬間、彼女は目を大きく見開いた。

「どこでこれを入手した?」

 純粋な驚きなのか、それとも怒りなのか、感情を判断できない。こんな表情をみたことがないし、普段と声色も違う。

「あの……それは……」

 フェリックス先生の名前を出して問題ないのだろうか。わからない。

 私が言い淀んでいると、司書は、ふっと事業気味に笑った。

「すまない。怯えさせるつもりはない。実物を見たのは初めてだ。カバーを所望するということは、これがどういう本なのか、知っているのだろう?」

「いえ、よくわかりません……」

 この詰められ方は、孤児院の先生に似ている。怒っていないと言いながらも怒っていることがある。慎重に言葉を選ばなければならない。

「君が知らない振りをしているのか、それとも、本当に何も知らないのか、私にはわからないが――」

 彼女は立ち上がり、カウンター越しに私の耳元まで顔を寄せた。

「――これは禁止図書だ」

 禁止図書。不適切な表現であったり、内容の危険性だったり、理由は様々だけど、流通を禁じられた本。所持しているだけでも罰せられることがある。少なくとも、強制的に回収されて燃やされる。

 私は口を開けない。何か言葉を間違えれば、フェリックス先生にまで累が及びかねない。何も知らずに街で買ったという嘘を頭の中で考えはじめた。

「質問を変えよう。この本を持っているところを、誰かに見られたか?」

「……誰にも見られていないと思います」

「そうか。それならいい。もし見られていたとしても、あのシオリという子くらいだろう。彼女なら大丈夫なはずだ。絶対に、人に見られないように注意しろ」

 そう言いながら、彼女は手際良く革のブックカバーを取り付けはじめた。

「図書室では読まないでほしい」

 禁止図書なのに取り上げられない? どうして?

 呆然する私の前に、カバーを纏った本が差し出された。

「これで大丈夫。ブックカバーを貸す代わりに、今度、私にも読ませてくれ」

 あやしげな笑みを浮かべている。

 ちょっと怖い。でもきっと、悪意は含まれていない。

「……ありがとうございます。読み終わったら、すぐに持ってきます」

 私は礼を言うと、逃げ出すように職員寮へと向かった。

 冷や汗が背中を伝う。

 寿命が縮む思いだった。

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