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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
33/41

第33話 訓練(5)贈り物

「リアラさん、ようこそいらっしゃいました」

 フェリックス先生の研究室は、現在、第五研究棟の最上階に移されている。廊下には二人の警備員が目を光らせて、入退出を常に監視している。あの魔法増幅装置の試作機が、二度と外部へ持ち出されないための措置だった。

 ロレンゾによると、彼らはただの警備員ではなく、現役の軍人らしい。眼光が鋭く、ここが学び舎であることを忘れさせるほどに冷ややかだ。

 研究室の中にいた若い研究員が、忙しそうに資料を運んでいる。私と目が合うと一瞬だけ立ち止まったが、すぐに作業へと戻っていく。

「今日は隣の執務室で話を伺いましょう」

 案内された部屋は、研究室と同様に塵ひとつなく整然としていた。高い天井まで届く大きな窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。

「さて、リアラさん。レティシア校長から話は伺っています。魔道具の制作でしたね」

「はい。お忙しいのに、すみません」

「とんでもありません。魔道具の制作は私の得意とするところですから、お役に立てるのは嬉しい限りです。どのような魔道具が良いでしょう。ご希望はありますか」

 私は鞄から、シオリが描いてくれたアクセサリーの図案を取り出し、先生の机に広げた。

「これです」

 フェリックス先生は紙を手に取ると、ほっ、ほっ、ほっ、と穏やかな笑い声を漏らした。

「絵がお上手ですね」

「あっ、いえ、これは私が描いたんじゃなくて。えっと、友達に描いてもらいました」

「左様でしたか。私のような老いぼれが言っても喜ばれないでしょうが、この繊細な意匠はリアラさんに大層お似合いになると思います。おや、こちらのブレスレットも、実に素晴らしい」

 ゆっくりとした手つきで紙を置いては手に取っていく。

 先生が図案を眺めている間、私は「蓋」を外してみた。

 訓練を始めて以来、私は意識的に魔力感知の蓋を外すようにしている。これまでは蓋を突き破るような強烈な魔力ばかりに怯えてきた。ところが、安全な場所で耳を澄ますように感知してみると、世界の見え方が少しずつ変わってきた。自然に存在する僅かな魔力や、日常的に使われている魔道具の魔力残滓が見えて、思いのほか楽しめることがわかってきた。だからといって、常に蓋を外すつもりにはなれないけれど。

 この部屋には、穏やかな時間が流れている。

 側机に置かれた小さな魔道具からは、透明な泡のような薄い魔力が、規則正しい波紋となって膨らんでは消えていた。

 フェリックス先生がペンダントの絵を指さした。

「こちらの装飾品はいかがでしょうか」

 シオリが最初に描いてくれた、涙型のペンダントだった。

「はい。私もこれが一番気に入ってます。……えっと、これを作っていただけるのですか?」

「……そうですね。魔力に応じて光る仕掛けでしたら、リアラさんご自身の手でも、そう時間をかけずに作れるはずですよ」

「私が、ですか? でも、魔法工学の知識がないと難しいのかなと……」

「もちろん、設計や、難しい調整は私がお手伝いします。ですが、せっかくの初めての魔道具です。ご自身の手でお作りになったほうが、きっと愛着も湧くものでしょう」

「はい! 自信はないですけど、ぜひ作ってみたいです」

 予想もしなかった提案に、私は即答した。魔道具を作ってみたいと思っていた。難しいからと自分に言い聞かせて諦めていた。

 フェリックス先生は、ほっ、ほっ、ほっ、と目を細めて笑うと、さらさらと紙に構造の説明と材料のリストを書き連ねていった。

 待っている間、私は壁際の本棚を眺めることにした。背表紙には難解な専門用語が並んでいて、物語の本は見当たらない。一部、空いた棚には不思議な形をした模型が置かれている。

「これらの紙をレティシア校長にお渡しください。そのときには必ず、絵を先に見せてから、私が書いた紙を渡すのですよ。いいですか、《《絵を先に見せる》》ことが大切です」

 先生が立ち上がり、几帳面な字で書かれた紙の束を渡してくれた。材料の購入申請書まで添えられており、申請者の署名欄だけが空白になっている。

「ありがとうございます」

 紙を鞄にしまっていると、フェリックス先生から思い出したように声をかけてきた。

「ところでリアラさん。魔法の基礎訓練をはじめられたそうですね。来期からは、いよいよ公聴生になられるとか。私の講義にも、いつでも顔を出してください」

 フェリックス先生は、私を公聴生に推薦してくれたひとりだ。他にも何人かの先生が推薦人に名を連ねている。期待されるのは得意ではない。期待を裏切って、がっかりさせたくない。

「今のうちに、読んでおいたほうがいい本はありますか?」

 フェリックス先生は、白い髭をなぞりながらしばらく考え、本棚から一冊の本を引き抜いた。

「リアラさんは物語がお好きでしたね。それでしたら……これはいかがでしょうか」

 手渡された本の表側には「ルキシア・メルヴィン」と書かれている。題名なのか、あるいは作者名なのか。裏表紙には何も書かれていない。

「その本はご存知ですか?」

「いいえ。わからないです。初めて見た本です」

 図書室でも見たことがない。現代の装丁ではないから、古い本だということはわかる。たぶん貴重な本に違いない。

「私が魔法に興味を持つきっかけとなった本です。物語の形式を借りてはいますが、児童向けだと侮ることはできません。魔法の基礎が順序立てて説かれています。きっとあなたの助けになるでしょう。これを差し上げます」

「大切な本じゃないですか?」

「ラーブルの市場で見つけたものです。懐かしくなってついつい買ってしまったのですが、このまま本棚の飾りになるくらいでしたら、あなたに読まれたほうがこの本にとっても幸せでしょう」

 私はお礼を言い、本を鞄に収めようとした。すると、フェリックス先生が最後に一言、付け加えた。

「リアラさん。それは《《人前では読まないほうがよい本の類》》です」

 魔法学校には国中から選りすぐりの秀才が集まる。肝いりの聴講生が児童向けの図書を読んでいるなんて知られれば、推薦してくれた先生方の面目を潰すことにもなりかねない。

 この時、私はそう思っていた。ところが、後にこの言葉の本当の意味がわかった。

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