第32話 訓練(4)図案
「訓練は順調ですか?」
テーブルには香草のティーと、皿の上にはカヌレが並んでいる。外側は香ばしく、ほんのりと甘い。レティシア校長が自ら焼いてくれたものだった。
「やっと魔道具の音が安定するようになってきました」
「まあ! それは良かった。コツが掴めてきたのかしら」
私の報告を聞いて、レティシア校長は嬉しそうに微笑んだ。
あの盗難事件以降、私は校長の私邸にたびたび招かれるようになった。
今日は休校日。特にこれといった用事がない私を、レティシア校長は「昼過ぎからゆっくり過ごしましょう」と誘ってくれた。特別な用事なんて、いつもないのだけれど。
だんだんと外が肌寒くなってきた。雪の季節が近い。
テーブルは暖炉から少し距離があるから、身体が冷えてきた。カップに手を伸ばして、ティーを啜る。熱い。
「では、そろそろ次の段階へと歩みを進めなくてはなりませんね」
「次の段階、ですか?」
「ええ。日々の営みの中でも、魔力を静かに整えること。それが当面の課題です。少しだけ待っていてください」
レティシア校長は隣の部屋から木箱を運んできた。床に置くと、中から、ガチャン、という重々しい金属音が響く。彼女が箱の中から取り出したのは、無骨な金属の手袋のようなものだった。
「それは……何ですか?」
「ガントレットです」
「ガントレット……?」
「騎士が使う防具です。これには特別な仕掛けがありまして、注ぐ魔力で重さが変わります。これを日常的に持ち歩けば、いつでもどこでも練習ができます。我が校はどうしても武具や防具の研究開発が盛んですから、こうした品は豊富にあります」
そういってガントレットを手渡された。ずしりと重い。
日常的にこれを持ち歩く? 仕事中も?
レティシア校長は、にこにこと屈託のない笑顔を向けている。冗談を言っている雰囲気ではない。
「えっと……さすがに重すぎて、仕事中には持ち歩けないです」
「そうね。少し重いかしら。これなら目立たないですし、妙案だと思ったのですが……」
いかにも防具という感じで目立ちます!
喉まで出かかった言葉を飲み込み、困った顔で小首を傾げているレティシア校長に代案を出してみる。
「アクセサリーとか、もっと小さなものはありますか?」
「まあ! それは素敵ね。そうしましょう!」
レティシア校長は、ぱっと明るい表情になった。
最近は彼女の素顔に触れる瞬間が増えてきた。私なんかで気が休まるのなら、いくらでも力になりたいと思う。
状況は、決して楽観できるものではなかった。
盗難事件の主犯のエリス先生は行方をくらました。捕まったリヒャルトは、エリス先生の関与を頑なに否定し、黙秘を貫いている。
取り調べでは、共犯関係者の情報を教えてはならないらしい。リヒャルトはエリス先生も一緒に捕まったと思い込んでいて、彼はエリス先生の安全を保証することを証言の条件にしているが、居場所すら掴めない状況では、その交渉のテーブルに着くことができない。
リヒャルトの証言によって減刑を嘆願する準備を進めていたのに、うまくいっていない。レティシア校長はそのことを気に病んで、落ち込んでいる日が多かった。
「どのような意匠や色があなたに映えるかしら。考えるだけで愉しくなってしまいます」
だから、こうして幸せそうに微笑んでいる顔を見るだけで、ほっとする。
「普段はアクセサリーを身に着けなくて。青とか緑が好きです」
「明るすぎない色が好みなのね。……本来なら私自身が設計できればよいのですが……どうしても時間の融通が利かなくて、申し訳ありません」
「謝らないでください。……あの、私でも魔道具を作れますか?」
「魔法工学の知識と経験がないと、難しいでしょう」
「……ですよね」
きっぱりと「できない」とは言わない優しさに、歯がゆさを感じてしまう。魔法工学は基礎教養のさらにその先にある分野で、今の私には到底理解できそうにない。
私の訓練を知っているのは、レティシア校長、ハルヴィス先生、理事のセドリック、そして私の四人だけ。頼れる相手は限られている。
困っている私の様子に気づいて、レティシア校長が助け舟を出してくれた。
「フェリックス先生にお力添えを願うのはどうかしら。もちろん、あなたが嫌でなければの話ですが」
「フェリックス先生なら、大丈夫です。でも、忙しいのではないですか?」
フェリックス先生は信頼できる先生の一人だ。周りに言いふらすような人ではないし、私のことを気にかけてくれている。
「彼でしたら負担にはならないでしょう。私から話を通しておきます。アクセサリーの図案を少し描いていただけますか。細部まで練り込む必要はありません。あなたが身につけたいと思えるもの、それが一番です」
こうして、二日後に図案を提出することになってしまった。
――その翌朝。
職員寮で一晩かけてひねり出した図案を、私は図書室で見つめながら絶望していた。
昨晩の私には、何かが降りてきていたはずだった。それなのに、改めて絵を見てみると、乾いた笑いが出た。
これは何だろう。「何か」が描かれている。
背後に、人の気配がした。シオリだった。
「ばれちゃった? 今日は珍しく本を読んでいないね」
「……ねえ、シオリ。これ、何に見える?」
紙を受け取ったシオリは、しばらく沈黙して、恐る恐る口を開いた。
「ごめん。これは……リアラが描いた?」
「うん」
「そっか。……うん、確認できて良かった」
シオリは私の隣に腰を下ろした。得体の知れないものを見せられた友人の、精一杯の気遣いが痛い。
「身に着けたいアクセサリーの絵を描くことになったんだけど、自分でも何を描いたかわからなくなっちゃった」
シオリは小さく笑った。それにつられて、私も笑ってしまった。
「リアラは普段、飾らないよね。どんなアクセサリーにするんだろう。楽しみだね。……ん、待って。『描くことになった』って、もしかして男の人から頼まれたの?」
急に目を輝かせて、興味しんしんといった様子で、私に訊いてきた。
「違う違う。仕事で使う魔道具の図案を任されることになっただけ」
「ふーん。仕事で、ね」
意味深な反応でからかってくる。
シオリはいつも素敵な髪飾りやネックレスを身に着けている。
そうだ。お洒落でセンスの良い彼女に描いてもらうのが、一番の近道じゃないだろうか。
「シオリって、もしかして絵が得意?」
「小さい頃はよく描いていたけど……せっかくの贈り物(仮)なのに、私が描いていいの?」
「だから違うって。お願い、シオリ。私が描いたら、全部ヘビかタコになっちゃう」
「ふふ、いいよ。リアラは……派手なものじゃなくて、シンプルで清楚なほうが似合うと思う。ちょっと待ってね」
そう言うと、さらさらと絵を描きはじめた。描きはじめたばかりなのに、ネックレスを身に着けた人の絵を描いているということが、はっきりとわかる。私の絵とは大違いだ。
「すごい……」
「小さい頃によく絵を描いていたって言ったけど、実は今もたまに、授業中にいたずら描きしてる」
そんなことを言っている間に、涙型のペンダントの絵が完成した。絵の横に色を書き込んでいる。銀色のチェーンに、青い宝石。
「青がいいなって、私も思ってた」
「リアラの目の色に合うし、黒髪にも映えると思う」
会話をしながら、細い指輪を着けた手の絵も描きはじめていた。
「リアラの指って細くて綺麗だから、華奢なリングが絶対似合うよ」
その後も、先端に小さな装飾がヘアピンとリーフ型のチャームが着いたブレスレットの絵を描いてくれた。容姿を褒めるようなコメントをしながら描いていくから、それを聴くたびに、こそばゆくなる。
「ありがとう。シオリがいなかったら、魔道具が今頃ミミズになってた」
「なに、ミミズって。お役に立てたならよかった」
シオリの描いた絵を見ていると、どんな魔道具ができあがるのか楽しみになってきた。魔道具には向かない形もあると思うから、絵の通りにはならないとしても。




