四十四本目 俺達は幸せ者
◇礼
今日は、急遽予定が変更となり、『第1回時の狭間懇親会』は取りやめ。楓さんと翔さんの婚儀が執り行われることになった。
止まり木旅館の公式記録係……じゃなくて、清掃担当の潤さんによると、翔さんはついに楓さんにプロポーズしたらしい。潤さんはどこにいたのかって? 実は客室の中に気配を消して潜んでいたらしいよ。忍さん顔負けの隠密になれるかもしれない。
あの2人は随分前から両思いだったし、ちゃんと付き合い始めていたから、結婚に踏み切るのは時間の問題だなとは思っていた。でも、いざとなると、こう身近な人がくっついて夫婦になるのって、周りにいる僕の方が恥ずかしい気分になる。なんとなく照れちゃって、顔がでれっとなるのだ。
僕は懇親会のための物品を仕入れて、粋さんの手伝いをしていたのだけれど、巴さんがやってきて『パターン白』だと言うのだ。僕はあらかじめ決められてあった手筈や作業をささっと行って、儀式参加用にちょっと良い着物に袖を通した。
で、ようやく婚儀が始まるというのに、この険悪な空気は何なのだろう……。翔さんと忍さんが睨み合っているのだ。まるで、これから決闘が行われるかのような、覇気と闘気のぶつかり合いが見える。
「その手を離せ!」
翔さんからは、かなり低い声が発っせられた。忍さんは、白無垢姿の楓さんの手を引いてエスコートしていたのだ。
忍さんは、すっと楓さんから手を離した。けれど、その指先は少し名残惜しそうな動きを含んでいた。そして、翔さんの方に向き直る。
「俺はこれからも、楓さんに仕え、楓さんを守り、楓さんにこの身を捧げる。お前もしっかりと男を見せろ。生半端な覚悟なら、楓さんを渡すことはできない」
「言われなくても、覚悟なんてとっくにできている」
翔さんはムスッとしていたけれど、すぐにふっと口元を緩めた。
「楓、綺麗だよ」
若干おろおろしていた楓さんは、ほっとした表情で笑顔になった。
「俺の……いや、『止まり木旅館の女将』は本当に綺麗だな。こんな姿を拝めるなんて、俺達は幸せ者だ」
気付いたら、粋さんや潤さん、そして桜さんや椿さん、柊さんまでがこちらの様子を見に集まってきていた。皆、口々に「綺麗だ」とか「おめでとう」だとか言っている。予定では儀式の時に皆へ楓さん達をお披露目する予定だったのに。皆、気が早いよ。
「翔、皆、ありがとう!」
楓さんの声が、静かな庭先に響き渡る。白無垢姿の楓さんは、とても清純で、聖なる光をたたえているように見えた。辺りの空気までが凛としたものに塗り変わって、こちらまで背筋がピンと伸びる。
見ると、忍さんも言いたいことは言ってすっきりしたような顔になっていた。良かった。楓さんのお父さんは導きの神。つまり、ああいう人なので、翔さんには代わりに父親のようなことを言って主君である楓さんを守りたいと思っていたのだろう。翔さんも、一層気持ちが引き締まったことだろう。一時はどうなるかと心配したけれど、これで良かったんじゃないだろうか。
結局今日は、『宿り木ホテル』から梓さん、グリーンマン(未だに名前が分からない)、桜さん。『旅館木っ端微塵』から千歳さん、『木仏金仏石仏』からは椿さん、柊さん、シュリさん。ちなみに、里千代様は椿さんの両親、千鶴さん夫婦の体たらくさにブチ切れて、お宿立て直しに奮闘しているため、お留守番らしい。そして、『金のなる木』からは千草さんと瞬さんがご臨席。
ちなみに瞬さんは、たったの2時間で止まり木旅館の書庫にあった本や資料を全て電子化して、データベースとして構築しなおしてくれた。しかも、『金のなる木』で蓄積していたデータも提供してくれた模様。仕事が早いという言葉では片付けられ無い程のスピーディさにびっくりだ。とても人間業とは思えない!
……というのは、それもそのはず。実は瞬さん、アンドロイドというものらしい。つまり、人間ではなく、精巧にできた人形ロボットなのだ。特徴は、人間の男性が好きということ。なんでそんな変な特徴があるんですか?と千草さんに尋ねると、開発者の趣味だろうと答えてくれた。
そんなわけで、楓さんと翔さんの婚儀には、止まり木旅館の従業員と天女様御一行以外に9名もの列席者がいるのだ。いやぁ、賑やかになったなぁ。死んだうちの姉ちゃんにも、こんな結婚式挙げさせてあげたかったなぁ……なんてセンチメンタルな気持ちにもなってしまう。
さて、いよいよ婚儀が始まる。
翔さんが、楓さんの手をとった。ここからは、2人で粋さんがあつらえた会場に入っていく。会場と言っても、止まり木旅館の中にある広い宴会場を儀式用に整えたものなのだけれど。
ちなみに、婚儀は、日本の神前式に近い形をとるらしい。つまり、この後楓さん達が対面するのは……




